最近、婚活界隈でよく眼にする、「自立した女性がいい」、「話し合いができる人がいい」という事を希望欄に書く男性は損得勘定の強いテイカーであるという論説。
これはどうやら「自立した女性を望むのは、他人にお金を使いたくない人や、頼られたくない人」であり、「話し合いができる女性を望むのは、自分が話し合いができないからだ」ということらしい。本当だろうか?
そこで今日は既婚者である筆者がその問題に終止符を打とうと思う。
【目次】
- ① 別にテイカーじゃなくね?
- ② 既婚者からみる結婚相手の条件
- ③ 結婚はガチャ
- ④ 地雷の見極め方
- ⑤ 結婚できない男
- ⑥ まとめ
- ⑦ 最後に
- 「番外編」既婚者が語る結婚生活の実態
- 「番外編」②幸福な結婚の正体
- 「番外編」③ お気持ち思考の正体
① 別にテイカーじゃなくね?
別にテイカーとは限らないだろう。過去に搾取する女性と交際していた人は「自立した女性」を望むだろうし、不機嫌を撒き散らす人と交際経験がある人も同様だろう。
こちらが何かを喋ってるのに遮ってまで自己都合を主張する女性と付き合っていたなら「話し合いができる女性」を望むだろう。
従って「自立した女性」や「話し合いができる女性」を希望しているからと言って、「他人にお金を使いたくない」や「必要以上に頼られたくない」という男性とは限らないし、「自分が話し合いができない人だから話し合いができる人を望んでる」とは限らないのである。
ただ、それらの条件を公に出している人は吟味した方がいいかもしれない。何故ならそれらは希望欄に書かずとも相手とのコミュニケーションで確認すればいいからである。これから会う可能性のある女性に対して、「俺、自立してる人としか付き合わないんで!」とか言ってる男性がいたら、こちらから願い下げだろう。それを分からないレベルの男性だから「テイカーである」と印象強い言葉で注意しているのが婚活垢なのである。
だが、それを鵜吞みにするのは危険だ。「自立した女性を望んでいるからこの人はテイカーだ!」と決めつけるのは、浮気をした芸能人を見て「すべての芸能人は浮気するんだ」と言っているのと同じくらいの主張である。
婚活垢の言う事を真に受けて「損得勘定の強いテイカー男性だ!」と決めつける女性もまた、希望欄に自立している人と書く男性と大差ない。物事を一面だけ見て0-100で言い切る文章を見ると、つい信じてしまいそうになるが、そんな時こそ一度立ち止まって自分の頭で考えることが重要である。
大事なのは、その人は何故、そのような希望を持つようになったのかという経緯を確認することだ。「自立した女性」を公に希望してなくても、心の中ではそれを希望しているかもしれない。それを感じ取ったら「この人はテイカーだ!」と決めつけるのではなく、「なぜ、それを希望するんだろう」と経緯や考えを聞いてみることだ。経験が人を作るのだから、その人がそんな希望を持つに至った理由があるはずだ。それに納得できるならば何の問題もない。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
② 既婚者からみる結婚相手の条件
既婚者の筆者からすると、「自立した女性がいい」や「話し合いができる女性がいい」というのは変な条件ではない。むしろ容姿や金銭感覚、清潔感のレベル等と同じかそれ以上に大事な条件である。
そこで既婚者である筆者から見てこのポイントは絶対に妥協してはならないし、見過ごしてはならないというポイントを7つ提示させてもらう。少し多いかもしれないが最低な人と結婚するより遥かにマシだろう。知識が増えると迷う事も増えるが選択の質を上げる事にもなる。相手に違和感を感じたら以下のポイントを思い出してほしい。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
なお、男女問わずこれらのポイントみて自分を振り返って考えてほしい。
- 金銭感覚
- 清潔感覚
- 下から来れるか
- プライドが高くないか
- お気持ち思考じゃないか
- 自分に甘くないか
- 朗らかさ
①金銭感覚
金銭感覚の違いはトラブルの元だ。お金は貯まらないし、節約はできない。お金がないので資格勉強もままならない。年収を上げる努力ができないのに支出は増えるばかり。浪費家と倹約家の相性は最悪である。特に日常的にスタバやマック、たばこやパチンコなどの即物的快楽を得られる消費によってストレスを発散している人は注意した方がいい。
あなたが倹約家なら相手も倹約家である方がいい。何故なら浪費家とのバランスを保つのは極めて難しいからだ。よく足りないものを補える関係性がいいと言う人がいるがこれは誤りである。より正確に言うならば、「自分の長所を発揮できる部分は自分がイニシアチブ持ち、相手が長所を発揮できる分野は相手がイニシアチブを持つ」この関係性こそが”足りないもの補える関係性”の正体だ。
倹約家が家庭の財布を握り、行動力のある相手が旅行や休日の予定を立てる。あるいは稼ぐ。これが最もバランスがいい。単にあなたが浪費家だから倹約家と結婚すればいいというものではない。相手が倹約家であってもあなたが自分の財布の紐を譲らないなら相手は倹約できず、あなたの無駄使いが喧嘩の火種となるし、貯蓄がないので将来に対して取れる選択肢が狭まる。
なので「自分には○○が足りないからそれを補える相手を探そう」ではなく「この人は自分に足りないものを補ってくれるから、その事に関しては全て任そう。代わりに私はこの分野から支えよう」というまず自分から何かを任せる、差し出す姿勢が大事である。
②清潔感覚
清潔感覚も等しくなければならない。例えばハンドソープの詰め替えをいつも自分だけやっていたり、掃除や片付けもいつも自分だけする事になる。家事は一人暮らしでもやらなければならない事なので、ついでにやってるくらいの感覚で家事・育児を率先できる人もいるだろう。しかし、清潔感覚が一致してないといつも自分だけ掃除や洗濯、皿洗い、食材の買い出しなど、先に気づくあなただけがやる事になる。
この清潔感覚の不一致は他の不満が溜まると一気に怒りに変わってしまう。何故なら気がつけば自分だけ家事をしているからだ。相手は掃除や詰め替えの必要性すら気付いていない。気付いていないので感謝できない。いや、ハンドソープが空押しになっている事も気付いていないだろう。清潔感覚に乖離があると、先に気づく方が一方的に家事や育児をする羽目になる。従って清潔感覚が等しくないと感じたら役割を分担を徹底することを薦める。役割分担をしても「言わないとやらない」「気づかない」のが男性だ。だから女性は厳しく相手を躾ける覚悟を持っておかねばならない。
役割分担をしても「誰かに何かを任せる」のが気まずく感じる人もいるだろう。相手が家事をしている時に自分がくつろいだり、外出することに気が引ける人もいるだろう。そう言う人は役割分担をしても負い目を感じてしまう。もし、あなたがそんなタイプなら小さなことで感謝できる人を選ぶと良い。具体的に言うなら、あなたの行動に「○○してくれたから○○するよ」というマインドの人を選ぶと良い。
③下から来れるか
これも夫婦生活を送る上で極めて重要である。日常の何気ない行動に感謝できるかが問われるのだ。あなたが何の気なしに取った行動に、「あ、シンクの掃除してくれてる、ありがとう!じゃあ、俺はトイレを掃除しとくよ」と常に「〇〇してくれてる、だから俺も〇〇しよう」と思える人かどうかというのはかなり大切な事である。
先程の清潔感覚と繋がる話なのだが、清潔感覚の違いや下から来れるか等は、それ単体では大した不満や問題にならない。しかし、「いつも部屋が汚いと気づくのは私だけ」という状態で、相手が部屋が綺麗になっている事に気付かず、それに感謝もせず、「掃除してくれたから今日の夕食は俺が作ろう」ともならなかったとしたら?
それが何年も続き、今後50年続くとしたら?
育児という負担も増えるとしたら?
共同生活が難しく感じ始めることは容易く想像できるだろう。
④プライドが高くないか
これが高いとかなり辛い結婚生活になる。何故なら謝罪や反省がないからだ。
特に顕在化するのは喧嘩をした時だ。謝罪よりも先に言い訳が出る。こちらが喋っている最中に「私だって頑張ってるもん!」「こういう事情があったんだから仕方ないだろ!」と、謝るよりも先に「できなかった」「しなかった」理由を述べる。それもこちらが全てを言う前に遮ってでも言ってくる。
彼らにとって大事なのは、謝罪や反省をすることより、「自分は悪くない」と主張することにある。何を置いても自分のプライドを守ることが最優先であり、こちらの負担や犠牲や心労など知ったこっちゃないのだ。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
彼らは「事情があるんだから自分は悪くない」と本気で思っているのだ。だから謝罪や反省や改善しなかった結果、こちらが鬱になったり、離婚を望んだり、自殺を考えるかもしれないなどと慮ることができない。
このようにプライドが高いものとの共同生活は自分が完全に奴隷になる覚悟が必要である。彼らは自分の快適な生活や幸せな結婚生活がこちらの我慢と犠牲の上に成り立っている事を知らないし、気付けない。こちらが喜んでやっていると思っている。なんの不満もないと思っている。とにかく、プライドが高いと他の問題と併発し、反省よりも自分のプライドを守る事を優先するため改善しない。
⑤ お気持ち思考
上記の問題を全て引き起こす可能性のある人物がいる。それがお気持ち思考の人間だ。彼らは話し合いができない。物事を0-100で考えるし、自分のことは棚に上げて指摘してくるし、自分が指摘されると烈火のごとく怒るし、泣いたりこちらの言い方が悪いだの議論と関係のない事を宣い始める。
彼らの悪い所とは相談の定義が普通と異なっているところだ。彼らにとっての相談とは、自分の話を聞いてくれて、共感してくれて、肯定してくれることを指す。間違っても自分の意見など言ってはならない。彼らの指標は「何を言われたか」ではなく、「自分がどう感じたか」だからだ。
あなたが相手のことを想って自分の意見を言っても彼らは「私のために言ってくれてるんだ」などと考えずに、ただ快不快を基準にしてあなたの話を聞いている。だから話し合いが成立しない。
自分が不快に感じたら、仮に自分に利益のあるアドバイスだったとしても「嫌な気分になる事を言われた」と受け取り、不機嫌になる。彼らにとって大事なのは、いかに自分のプライドを守るかであり、自分が悪くないと主張するかなのだ。物事が解決に向かうかなど考えていない。
あなたが生活において改善したいことを相談しても相手は不機嫌になる。彼らは相談そのものが「自分を悪者にするための弾劾裁判」のように感じているのだ。だから自己都合を主張し、感情論を並べ立て、「できなかった」「しなかった」言い訳を述べ、自分の至らなさを棚に上げ、こちらの欠点を主張し始め、泣いたり、黙ったり、ヒスったりして議論が成立しない状況に持ち込む。
彼らはプライドが高く、自分を客観視する視点を持ち合わせておらず、「自分がどう感じたか」で世界をみており、「それはそれ、これはこれ」という感情と論理を分けて考えることができない。感情と論理を分けて考えられないので論理的な事を言われても感情で考えてしまう。感情で考えるから0-100で物事を判断してしまう。そのため何を言っても「言った内容」ではなく「感じた感情」で反論してくるので話し合いが成立しない。そしてそれを、涙や沈黙、怒りといった手段で発散する。
それというのも「当たり障りのない範囲で喋ろうね」というのが、「優しさ」だと思っているからだ。普通の人間は「これを言うと不快に感じるかもしれないけど、言わないと相手にとって不利益になる」事と、「相手が不快な思いをしないように気を付けて伝えよう」というのは併存している。だから自分が言ったことで相手が傷ついたら謝罪して反省するし、自分が言われた時も「良かった、知らなかったら自分が不利益になるところだった」と会話の中身を抽出できる。
しかし、彼らは違う。「これを言うと不快に感じるかもしれないけど、言わないと相手にとって不利益になる」ではなく「そもそも不快に感じる可能性があるなら、そんな事そのものを喋ること自体が悪い」という思考回路なのだ。だから二人の生活を改善しようと相談しても、「私が不快に感じるかもしれないんだから、そんな相談自体しないで!」と、烈火のごとく感情論を宣い始める。このようなお気持ち思考の人間を結婚相手に選んではならない。絶対に。
以下の記事を目次から⑦ 寛容さという我儘、⑧ 内省できない人々、⑨ 作品ヘイトが大嫌い、⑩ お気持ちに引っ張られる人へ、を読んで欲しいがそこにお気持ち思考と付き合う難しさが分かるだろう。
お気持ち思考は、こちらの真意やアドバイスや悩みや相談をした際に、自分の都合が悪かったり、不快感を感じるものだったら不機嫌になったり、泣いたりすることで相手をコントロールすることが一番の問題である。そのようにされた時、こちらは我慢するしかないのだ。それというのも上記のような「当たり障りのない範囲で喋ろうね」ということのみを良しとしたからだ。だから叱られることが減り、不機嫌でコントロールすることでしか相手に向き合えないのだ。
⑥ 怠け者じゃないか
怠け者は絶対に直らない。「いつかやる」といい先送りにする。何かを始める時に前提を付けたり、条件を付けたり、理由を探したりする。そのような人間は永劫そのままである。心変わりして家事や育児をやってくれるかな?などと思ってはならない。彼らが変わる事は決してない。特に男性は絶対と言い切っていいほど変わらない。
怠け者の厄介なところは、ただサボることではない。「理由があるならしなくていい」と思っていることだ。「今日は頭痛いからやめとこう」「生理だから動けない」「残業をしたから何もできない」彼らにとって理由とは免罪符であり、それがあるならば自分の我儘が通ると思っているのだ。怠け者の本質はこの思考回路であり、これを改善するのは極めて難しい。
大なり小なりサボりたいときやキツイ時は誰だってある。しかし、片方がずっと怠け者だったらこっちは常に頑張る必要がある。任せられないのだ。別にきつい時は頼っていいが、常日頃から何らかの理由をつけてサボられていたらたまったものではないし、いざこちらが頼りたいと思っても頼り甲斐がないから頼ることができない。
あらゆるものを理由にして彼らはサボる。彼ら職人の手にかかればサボる理由なんていくらでも作る事は可能だ。いや、”サボらなければならない理由”の方が正しいか。彼らにとってサボるのは義務なのだ。そしてこの性格は治らない。特に男性は。
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(引用:オペ看/著者人間まお・ミサヲ)
この思考の問題点は、「自分が○○できないのは理由があるからだ」と思ていることにある。つまり、彼らは自分が悪いのではなく、何らかの理由のせいで家事ができないと主張しているのだ。だから彼らに何か家事や育児や夫婦間の相談などをすると不機嫌になる。何故なら彼らは悪くないからだ。
”彼らが悪い”のではなく彼らが家事や育児や夫婦間の問題を解決できないようにしている”理由が悪い”のだ。だから彼らに何か要望や相談をすると「でも、俺だって頑張ってるし」とか「私だってキツイんだもん」と主張する。だが、それはこちら側の要望を話すテーブルにすらついていない事を忘れてはならない。
彼らの中では自分が家事や育児をしない、夫婦間の相談に乗らない事を正当化する理由がある。自分がそれをできないのは仕方ないんだという考えなのである。だからこちらが何か要望や相談をしようとしても、自分が責められた気になって不機嫌になったり、黙ったり、ヒステリックになったりする。それらは理由なきサボりではなく理由あるサボりだからそう思っているのだ。
自分には家事をやれない正当な理由があるので、自分のその思考回路そのものに問題があると鑑みることはできない。だってする必要がないんだもん。できない理由があるんだから自分に問題があるかなど考える必要がない。自覚することは難しいのだ。この思考回路は多少改善することはあっても根本的な解決は不可能なのでそのような人間とは別れた方がいい。絶対に。
⑦ 朗らかさ
これは男性にとって大事なポイントである。男性は自分が取った行動で女性が笑顔になれば幸せを感じる生き物である。自分のオスとしての能力が認められたことに繋がるからだ。男性が女性から選ばれないと不幸を感じるのはこの原理が原因である。
だから、女性は笑う時におっさんのように「はっはっは!」と豪快に笑うといい。それだけで男は天にも昇るような気持ちになる。男性は自分の行動や犠牲が「あなたのため」であると理解してもらえるだけで報われた気になる。それを簡単に男性に提供できるのが朗らかさである。愛嬌と言った方がいいかもしれない。男性にとって家事や育児に全力で取り組んでいても女性がブス暮れていたらめちゃくちゃ落ち込む。やる気がなくなる。好きな女性には笑っていてほしいのだ。
だからこそ不機嫌な人を避けたがるのだ。男性が「自分の機嫌は自分でとれよ」というのはここに原因がある。女性が思う以上に女性の笑顔やご機嫌は男性にとって大きな活力であり飛び切りの報酬なのだ。それを「生理なんだから不機嫌になるのは当たり前だろ」と当てつけてきたら本当に萎える。女性が思う以上に女性のご機嫌は男性の幸福度を左右するし、「生理なんだから不機嫌になってもいい、まきちらしてもいい」という主張をするような女性を男性は絶対に選んではダメだ。それは前述の「怠け者」であり「自分に甘い」人間であり「お気持ち思考」だし、「プライドも高い」人間だ。男性が絶対に忌避すべき女性である。
こう書くと、「不機嫌になるのが悪いのかよ!」「人間だから不機嫌になるのは当たり前だろ」と言われるだろう。それは仰る通りだ。我々、男性も不機嫌になる事はあるのだから女性のことを悪く言えない。だが筆者が問題だと言っているのは「理由があるなら不機嫌になっていい」という思考回路である。不機嫌そのものは対して問題ではない。もし、我々男性に不機嫌になる生理現象があったとして、それを理由に不機嫌をまき散らしていたらどうだろうか? それは女性も受け入れがたいだろう。いくら事情があっても不機嫌をまき散らしていい事にはならないからだ。だが女性には一定数この理屈が通じない人がいる。それが前述してきたプライドが高い人や、お気持ち思考の人がまさにそれだ。
⑧ 妥協していい条件
もし、結婚において何を妥協して、何を妥協してはダメか分からない人がいたらこの記事を参考にしてほしい。容姿や年収や身長や年齢や学歴は妥協してもいいが、家事育児の分担や将来設計やセックスの頻度などの折り合いがつかなかったり、話し合いそのものができない相手とは結婚生活は成り立たない。
妥協してもいいもの
- 容姿
- 学歴
- 出身地
- 年収
- 年齢
- 居住地
妥協してはダメなもの
- 金銭感覚
- 清潔感覚
- 生活感覚
- プライドが高いかどうか
- 怠け者かどうか
- お気持ち思考かどうか
- 将来設計
容姿などは最低限クリアしとけばいい。そんなにイケメンじゃなくても、美女じゃなくても、好きなタイプでもなくていい。「この人はイケメンじゃないし、好きなタイプでもないけど、この人の外見好きなんだよね」「特別かっこいいわけじゃないけど、整ってて、表情が好きなんだよね」など、外見に好きな所があればそのレベルやランクは特に気しなくていい。
フェチがある人はそれをクリアしておけばいい。容姿のベクトルは妥協してはダメだが、強度は妥協してもいい。外見にフェチがある人は拘った方がいいが、そうでもない人はそこまで厳しくしなくていい。どうせ外見が良くても後から内面で嫌いになるんだから、そこまで強く拘らなくていい。
だが、内面だけは絶対に妥協してはならない。内面を妥協すると生活そのものが成り立たないからだ。容姿は最低限、好みかフェチか、好きな部分があればいい。あとは内面である。
③ 結婚はガチャ
結婚はガチャである。最初から完成品など売られていないし、狙い通りの商品が出ることはない。今はベストなパートナーでも数年後にはワーストパートナーになってるかもしれない。子供ができれば相手の未熟なところと嫌でもぶつかり、嫌いになる事もあるだろう。というか100%そうなる。だからこそ割り切りも大事なのだ。「今この瞬間を逃すわけにはいかない」という勢いが大事である。
これまで散々、後悔しないように様々なポイントを述べてきたが、それら全ては実際に交際するまで分からない。相手の本性など付き合うまで分からないし、自分に合うかもわからない。なんなら結婚するまで分からないだろう。結婚した後は見えてこなかった本質が露わになるし、自分の求める条件も変わる。結婚など後悔しか生まない。それでも結婚していくのは結婚に幻想を抱いているからだ。みな結婚すれば幸せなんだろう、安心できるんだろう、楽しいんだろう、と思っている。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
無論、それは正しい。好きな人と過ごす毎日は楽しいし、自分には誰かがいるという安心感は何物にも代えがたい。子供が生まれたらなおさらである。しかし、何かを手に入れるには何かを差し出さねばならない、それはお金だったり、自由な時間だったり、喧嘩だったりする。それがあっても好きな人と過ごす毎日、孤独でないという安心感、子供から必要とされる幸せが得られるからトレードオフするのだ。
そしてその全ては実際に付き合うまで、結婚するまで分からないのである。だから、「お金持ちと結婚したい」「イケメンを捕まえたい」「可愛い子と結婚したい」「子供が欲しい」という目的がある人は、もうあまり条件にこだわらず不安に身を任せて、勢いに乗って結婚した方がいい。あれこれ注文をつけてもそれを満たす人はいないし、その注文も結婚したら変わるのだから。
ここで気を付けたいのは「美男美女と結婚しなくてもいい」「子供も特に欲しいわけじゃない」「お互いのパーソナリティを尊重し合える結婚がいい」というような、明確な目的や強い動機がなく、単に不安を払拭するために結婚しようとしている人や、人間性を重視する人だ。そのような人たちにこそ不安に身を任せろと言いたい。どうせ、今望んでいる希望条件などいくらでも変貌するのだから。そして条件を満たしているかを判断するには付き合うしかない。込み入った関係にならなければ何もわからない。だからこそ踏み出す勇気も必要なのである。
④ 地雷の見極め方
もし、後悔のない結婚をしたいなら以下の5つのポイントを意識して相手と接することだ。
- How doを聞く
- 経歴を聞く
- 家族仲や性格を聞く
- 一人暮らしの経験の有無
- 喧嘩をしておく
① How doを聞く
よく何か質問をする際に、イエスかノーの様な形で答えやすい質問がある。
例えば、
「結婚したら家事を分担したいんだよね」
「分かった。俺も頑張るよ」
こんな会話だと結婚相手としてみた場合、一度考え直した方がいいだろう。まず家事において「何をどう頑張るのか」が大切である。それを相手は何一つ提示していない。ただ、「頑張る」と言わないと付き合えない、セックスできないから言っているに過ぎない。だから中身が伴った返答が返ってくるかを見た方がいい。「俺は料理苦手だけど、代わりに掃除や洗濯をやるよ」というように、「何を、どのようにするのか」まで答えられるかが重要である。
例えばあなたが「私、性欲ないし、セックス好きじゃないんだよね、それでもやっていける?」と尋ねた時に、相手が「全然いいよ、俺も我慢できるし」と答えたとしよう。ここで重要なのは「我慢」の限界が来た時、溜まってるときに魔が差した時、どのように対処するのかである。いわば浮気せずに処理できるのかを聞いているのである。
にもかかわらず相手は我慢の話をしている。我慢していればあなたが納得すると思っているし、性欲は我慢すればいいと思ってるし、この質問に対しての読解力はその程度しかないとも読み取れる。それはこの質問に対して一面でしか読み解いてないからだ。
つまり、そこまで真剣に考えてないのだ。だから「我慢できるよ」の一言で済ませようとしているのだ。「我慢できるよ」でも十分信じられるかもしれないが「俺は一人で処理できるし」とか「セックスは性欲処理だけでなく愛情表現とも思ってるから、したくなったらその都度相談してもいい?」など、自分の望むタイミング以外でセックスできなくても共同生活を維持するための取り組みをできるか、それを自分から言えるかどうかが重要なのである。
このように、我々は意思確認をイエスかノーで聞いてしまいがちだ。だからこそ、「私だったらこうする」「こうなるかもしれないけど、俺なりの向き合い方を都度都度相談するよ」などの”中身”が伴っているかを確認した方がいい。単に「我慢できるよ」「分かった」「待つよ」「子供ができなくてもいいよ」など「はい」か「いいえ」を聞こえのいい言葉で言い換えてる相手は気を付けた方がいい。大事なのは「はい」や「いいえ」ではなくその中身、「子供ができない人生をどう味わうと考えているのか」、「家事の取り組みやバランスをどう考えてるのか」そういった一枚二枚めくったところの思考や感情や将来設計を考えてる人を選ぶといい。
そこが自発的に出てこない相手は共同生活のことなど考えていないし、あなたが勇気をだして相談した内容をたいして真剣に考えていないし、考えて行動する能力も責任感もない。ただ、付き合うため、結婚するため、セックスするために、「はい」を耳心地の良い言葉に置き換えて模範解答を喋っているに過ぎない。そんな相手は切り捨てていい。
もし、あなたが相手の事をどうしても好きなのであれば、強制的に家事の役割分担を決めたり、離婚などの強い言葉を使って話し合いのテーブルに座らせたり、「私に向き合いなさい」と強く引っ張るなり、相応の努力と対応をする必要がある。
本来、そこまでせずとも相談というのは成立するのだが男性は将来のことを軽く考える傾向にある。例えば妊活をしてるのに麻疹風疹混合ワクチンを打ってないとか、家事の役割分担などを「やるやる」など言ってやらないものが多い。残念ながら99%の男はこんな感じだ。この辺はあきらめて旦那を躾ける覚悟を持っておいた方がいい。
筆者の友人の女性はマチアプで知り合った男性と入籍したが、付き合って1年間は元カノと会っていたらしい。そこで「私と元カノどっち取るの?」と突き付けて自分を選ばせたと言っていたし、他の友人は義理の母に「これ以上、主人の面倒をみれないのでそちらで引き取ってください」とLINEを入れ、チェーンをかけて旦那を家に入れないようにしたそうだ。このように、無事結婚したり、結婚生活を上手く(?)やっていくためには相当な女性の強さと覚悟が必要である。
結婚相手にふさわしい相手かどうかを見極めるにはセンシティブな話や踏み込んだ話をして、喧嘩をして、どのように向き合い、どのように反省し、どのような考え方を持ち、どのようにあなたと人生を歩もうとしているのか、その具体性があるかないかを基準にした方がいい。決して「我慢できるよ」「待つよ」「やるよ」「頑張るよ」などという建前を信じてはならない。
例えば、もしあなたのパートナーが子供が欲しくないなら、あなたは子供がいない人生をどう味わうか?をパートナーに説明しなければならない。
「私は子供がいない人生でも子供と関わる仕事をする事で解消できるし、欲しくなったらその都度相談する。欲しくないならそれでいいけど、私の話にきちんと向き合って、代わりに私に何を与えてくれるのか、その辺を考えてくれたら嬉しい」や「子供が欲しくても授からなかったら一緒のことだから、俺は君といる時間の方が大切だよ」
など、返答に中身が伴い、具体性や妥協案や本人の希望などが含まれていれば、その言葉信じてもいいだろう。だが、短い言葉で耳心地のいい、貴方を肯定する言葉は信用してはならない。それは建前に過ぎない。建前だから軽く考えられるし、軽く考えてるから直ぐに返答できるし、すぐに返答できるから短い内容のものになる。それは全て貴方とセックスする為の建前、いや営業に過ぎない。
営業職の人なら一度は先輩から聞いたことがあるだろう。「値切る奴は買う気がある奴だ」という言葉。それと同じである。買う気のない人間は値段など気にしないから、こちらの話を肯定的に「うんうん」と聞くだけである。しかし、買う気のある人間は根掘り葉掘り聞いてくるし、値切ってくる。つまり、自分の要望を言ってくるのだ。それがない時点でその人間はあなたの問題や要望を聞く気がない、向き合ってない。もし、その人を選ぶなら真剣に喧嘩して自分に本気で向き合わせる覚悟と熱量を持つことが大事である。
② 経歴を聞く
人は経験が作り上げるものである。何を言ったかより、何をしてきたか、積み上げてきたか、乗り越えてきたか、体験してきたか、選択してきたか、反省してきたか、そういった内省する思考力こそが最も大事な要素である。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
「気遣い」や「優しさ」「安心感」「居心地が良い」などは何の加点にもならない。誰だって居心地が良い人がいいに決まっている。居心地が悪く、優しくなく、気遣いもない人と一緒に居たくないだろう。そんなのは恋人選びの大前提であり、その上で好きな外見で、思考力と責任感を持ち合わせた人を選ばなければならない。「そんな人いないよ!」と思ったあなたは正しい。そう、そんな人は20代で売り切れている。だからゴミの中から少しでもマシな人を選ばなければならない。そのヒントが経歴である。
「気遣い」や「優しさ」「居心地の良さ」というのはただのマナーだし、テクニックで何とでもなる。だが、経歴は嘘をつかない。その人の思考回路や哲学や信念、責任感は誤魔化せない。必ず行動に出るし、言葉尻に滲み出てくる。そこを見逃してはならない。経歴とはその人の経験や思考の集合知なのだ。
先ほどのHow doと同じく、「何故その仕事を選んだのか?」「続けてるのか?」「やめたのか?」そういった具体性と共に聞いたり推察したりした方がいい。具体性を聞けない時は経歴から推察しておくことも大事である。
推察する際に重要なのは苦労の経験である。下手に中流家庭に生まれて苦労を知らず、小中高大と進み、それなりの企業に就職し、一度も転職せず、かといって昇進するために遮二無二頑張るわけでもなく30代になった人間より、厳しい環境の中で生き抜き、周りに助けられながら、迷惑かけながらも反省して、前に進み続けた人間の方が100倍良い。経歴が綺麗な人間はいわばスーパーホワイトなのだ。一度も借金したことない人がローンが通りにくいのは返済という実績がないからだ。人生も同じである。苦労をしたことがないなら、苦労を乗り越えられるという保証がない。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
だから苦労を沢山している人の方がいい。苦労を沢山するということはそれだけ自分の至らなさや醜さや不運に苛まれ、向き合ってきた証拠である。そういう人間の方が苦しい時でも頼りがいがあるし、事態が悪化しても優しさや冷静さは消えない。だから家庭環境に問題があることや、転職が多いことなどをネガティブに捉える必要はない。それらを経た今が醸成しているかが重要なのである。
そしてそれは服装や髪の色、顔つき、言葉尻、考え方に出てくる。逆に身長や顔や胸、という生まれつきの普遍的な長所で勝ってきた人間は他で勝負してきた人間より薄くなりがちだ。何故なら内面が成長してなくても長所でモテるからだ。一枚二枚めくった所に深みがない。そういう人間はどこか薄ぺラく感じる。「あれ?この人、見た目はいいし、気遣いもあるし、優しくて楽しいけど、優しさしかないぞ?」とどこか芯がないように感じる。
だから自分の過去に自信を無くしてはダメだ。苦労をしているという事はそれだけ多くを経験してきたという事であり、今軌道に乗っているならそれらを乗り越えてきたという証拠でもある。「こんな自分はダメなんだ」ではなく「こんな自分で良かった」と過去の認識を変えれば過去を塗り替えることができる。その苦労を知らなければ歩めない人生を歩めばいい。その失敗をした自分だからこそ得られた物もあるはずだ。あなたの武器は顔や身長や胸ではなく、苦労によって培われた経験と知識と精神性なのである。
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もし、相手選びに迷ったときは苦労をしているかを1つの基準にするといい。その際に、どんなことを経験し、どう向き合い、どう対処し、どう乗り越え、その経験をどう認識しているかを注意しておくといい。
ただ不条理な事にそういった内面性というのは目に見えない。いくら内面が整っていようと外見や年齢という普遍的な長所には敵わない。だからこそ外見も大事なのである。一方で苦労を知らない人、挑戦を知らない人は会話や生活にそれが出てくる。結局は全てを試されるのだ。内面を見極めるにはその人との会話から出てくる言葉に具体性や現実的な視点があるかをよく見ておき、その人が語る経歴に嘘がないか、経歴が真実だとしたらどのような性格ならそんな経歴になるのか、逆算式に考えていく事が重要である。
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(引用:喧嘩稼業/著者木多康昭)
会話だけ、プロフィールだけ、経歴だけからではその人の本質は見えてこない。「この人はこういう風に語ってるけど、本当にそんな考え方ならこの経歴はおかしくない?もう少し踏み込んで聞いてみようかな」などと、総合的に物事を見る力が大切である。そういう視点で見ていると見えてくるものがある。違和感が形になってくる。
大事なのは何を言ったかではなく何をしているか、してきたか、経験してきたか、それと経歴や語ってきた経験談に矛盾がないか、を整理して比較していくことだ。経歴など良いように語れる。しかし、言葉尻や咄嗟に出る対応などは誤魔化せない。
その時に聞いていた話と違ったり、普段の態度じゃなかったり、イメージと離れていたりすると、少し相手をいぶかしんだ方がいいだろう。「相手の言う事を信じてその目線で逆算式に相手の経歴を探り直す」作業が必要である。そのように相手の言い分を一旦仮に信じて、その上で相手の言葉尻や対応を鑑みると、本性に気づくことができる。嘘を見抜く事ができる。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
大事なのは一貫性があるか、筋が通っているか、そこに矛盾があるかないか、常に疑問というほどではない弱いレベルの疑問をもっておくことだ。いわゆるアンテナを張るということである。
先程、苦労している人がいいと言ったが、苦労している人は生き抜く力はあるが、多少なりとも歪んでいる事も多い。それは不公平や不遇な環境にいると、自分の正当性や自分の存在価値を見出す為に、美学や哲学を持つ必要があるからだ。
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(引用:喧嘩稼業/著者木多康昭)
だから苦労してない人は真っさらな人が多い。特に工場勤務や公務員などはこの傾向が強い。彼らは対人的なストレスがあまりなく、役割が決まっており、アドリブでなにかを決断したり、責任を負うことがない。大企業であるため、収入面も恵まれている。恵まれていると自分を肯定する為の哲学や美学や信念を持つ必要がない。ありのままに世界を見ている。本当に真っさらなのだ。その純真さに惹かれる人もいるだろう。
それはそれでいい事なのだが、それは沢山の苦労や不遇や不公平を乗り越えて純真で優しいわけではない。ただ、不遇や不公平を経験していないだけだ。だから真っ直ぐなのだ。いわゆる「無知な幸福」というやつである。それが悪いわけではない。苦労を経た優しさではないかもしれないが、優しさは優しさ、優劣などない。そのため「無邪気であるが故に、無意識に人を傷つけたりする一面的な優しさ」と感じることが多いだろうが、人生が上手く行っていたらそれで問題ないのだ。だが、何か歯車が狂った時にその優しさがあるとは限らない。その点、苦労を経て優しさを獲得した人の方が深みがある。
哲学や信念、美学や生き方に拘りがある人は大なり小なり、それを持たなければ自己の正当性を見出せなかった人達であり、自分なりの美学があるからこそ、自分なりの世界でしか世界を見る事ができない。だから認知が歪みやすいのだ。
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(引用:喧嘩稼業/著者田中一行)
一方で内省する力も培われる。何故なら内省できなければ生きていかなかったからだ。傷が多い人は他人の傷も気づける。真っさらな人は自分が無傷である為、痛みを知らない。あなたの傷が見えはするが、それが痛みを伴うものという認識をする事ができない。だから延々と上部だけの付き合いになってしまう。それでもあなたが「結婚できればいい」「子供が欲しいから」と強い目的があるなら構わないが、「支え合いたい」「パートナーシップのような関係がいい」と精神的な安らぎを求めるなら、やはり苦労している人の方がいいだろう。
ちなみに職業差別になりかねないのであまり大っぴらに言えないが、職種によって人格形成がされることも多い。例えば接客業や営業や少人数の中小企業に勤めている人は、コミュ力が高く、対応力が高く、決断力もある人が多い。何故ならお客を目の前にして「上司の確認が取れないので後日に返答します」など言えない場合もあるからだ。アドリブで自分の裁量で会社に迷惑を掛けず、お客を納得させるような対応を瞬時に求められることが多い。そのような修羅場をくぐった人間はコミュ力も対応力も決断力も、公務員や工場勤めの人間と一線を画す。
一方で工場勤めや公務員の人は、そういった能力に欠けることが多い。筆者は接客業の分野もある専門職なので色んな職種の方と接するのだが、例えば工場勤めの人はめちゃくちゃ優しい、お人良しが多い。そして年収が高いので生活に余裕がある。もし、あなたが残業や夜勤勤務によってワンオペ家事育児に抵抗がないなら工場勤めの人はお勧めである。接客業ほどのストレスがないため心にゆとりがある人が多い。優しく、ゆとりもあり、年収も高いので、家事や育児などに平等性を求めないのであればお勧めである。
一方で、お客と関わらないため自然に上から目線だったり、訪問販売に騙されたり、物事を深く、多面的に考える人は少ない。仕事も役割分担されていることが多いため、「誰かが何かをしている時は、その部署の人の仕事だ。俺は関係ないな」とスイッチのON/OFFがはっきりしていることが多い。そのため、あなたが家事や育児をしていても「それは妻の仕事」と無意識に割り切ってしまうため、自発的に動けることは少ない。あっても「何かした方がいい?」と聞いてから動くことが多い。これは上司に確認しなければ動けない大企業や工場勤めの人あるあるである。
生活に余裕があり、お客の理不尽に対応しない分精神的にゆとりがあるから、優しい人が多いが、それは企業によって守られているから成り立っていることを忘れてはならない。こういう人は物事が上手くいっている時は、優しく人当たりがいいが、一転して窮地になったり、苦しい状況になると、対処できなくなるものが多い。「うるせぇ!子供泣き止ませろ」など、今まで見えてこなかった本性が見えてくる。それは今まで人生が上手く行っていたから見えることのなかった本当の姿なのだ。
窮地にこそ本性が現れる。今までは余裕があった分、優しかっただけで真に優しい人間ではない。こういう人は公務員や事務員系にも多い。これは数千件の家庭に上がり、その問題に対処してきた筆者の肌感覚であるが、傾向として実際に見られる職種による人格形成の一例である。
大企業や国に守られている人間は自分が守られていることや、自分がどれだけ恵まれているか自覚することが困難である。そのため、今の幸福は自分の能力によるものだと無自覚に思い込んでいる。そして職業柄、物事を深く考える必要がない。ただ目の前の仕事を効率よく片付ければいいからだ。そのため、1つ1つのことに深く向き合う必要がないため浅い考えしかできない。それが悪いわけではないが、事態が悪化した時に試される機転や根性、忍ぶ力などが醸成されにくい。
上記の人と結婚するときは自分がしっかり多面的に物事を深く考えられるか、家事育児の負担をある程度引き受ける覚悟があるかどうかを反芻しておくことが大事だ。無論、全ての工場勤めや公務員がこうであるわけではない。ただ長い間仕事で培われていた思考力や思考の癖は、生活にも表れることがある。そのことは片隅に置いてもいいだろう。
経歴はその人間の本質である。しかし、語る経歴が真実とは限らない。なのでまずは信じる事。相手の経歴を信じる。もし、おかしな相手であれば言葉尻や態度や対応力にその経歴と異なるものが滲み出てくる。それを見逃してはならない。違和感はUFOのように突然現れるとは限らない。普段通りの中にわずかにまぎれる普段通りじゃないもの。それに気付けるかが地雷の見極め方なのである。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
③ 家族仲と性格を聞く
これは結婚相手を見極めるというより結婚生活を見極めるに近いかもしれない。義理の父母が介入してくるか? 義理の父母は結婚後も息子や娘を躾けてくれるのか?この辺は極めて大事であり、また目の前の結婚相手を作った人間である。すなわち彼氏や彼女自身と仮定しても構わない。それほどに親の性格や親との関係性は大事である。
- ジャイアンじゃないか?
- 結婚後も親であるか
- 恥を気にするかどうか
この辺りを気を付けておくといい。
①ジャイアンじゃないか?
義理の父母に挨拶に行ったとき、「うちの娘を貰ってくれてありがとうございます」「愚息ですが本当にいいんでしょうか」など、腰が低くて下からくるような家族だった場合、あなたは当たりを引いたと思っていい。そのようなタイプならあまり気にせず、こちらも下から「いえいえ、そんなことありません。○○さんはとっても素敵でいつも支えてくれて...」など適当に父母と息子か娘をヨイショしておけばいい。
だが、高圧的だったり、人としての最低限の礼儀を取ろうとしない父母だった場合は要注意である。それはジャイアンだからだ。もういちいち細かく言う必要はないだろう。ジャイアンと家族になると思えば筆者が言いたいことは伝わるはずだ。そのため、結婚の意識を固める前に相手の家族と仲良くなっておくことを勧める。
よく「結婚の挨拶に」などと言って義理の実家に挨拶に行くものがいるが、経験者からハッキリ言おう。それは間違いである。あなたは相手の家族と一生の家族になるのである。50年、いや孫の代まで関わるのである。ならば家族として愛せる関係になっておかねばならない。
相手の家族が相当強いジャイアンならば結婚を考え直した方がいいかもしれないが、弱めのジャイアンだった場合は家族と良好な関係を築けておけば結婚の挨拶や将来設計について話し合うことができるし、あなたの都合の良いように将来設計も可能である。
義理の家族とは忌避すべき存在ではなく、パートナー同様に愛すべき存在なのだ。あなたが義理の父母の介護をしてあげたいと思えるほどの関係性を築くことが大事であり、義理の父母自身もあなたがそう思えるほど良い人かどうかも重要なのである。
それはあなた自身にも当てはまる。あなた自身が親になった時にも子供夫婦やパートナーから愛されるような親にならないといけない。それはそのまま結婚相手にも当てはまる。「自分の子供の親として相応しいか」「周囲に”夫です”、”妻です”と紹介して恥ずかしくないか」を結婚相手の指標にした方がいい。それがジャイアンなら難しいのは分かるだろう。
自分の子供が結婚するときに、義理の家族から「あの親はジャイアンだわ」と言われたくないだろう。ならばジャイアンと結婚してはならないし、あなたは親になった時にジャイアンになってはならないし、相手の親がジャイアンだったらあなたとあなたの子供とあなたの両親が恥をかくことになる。それを想像すると良い。
なお、当たり前の話だが、あなたは最初から丁寧に下から入っていかねばならない。あなたが高圧的だったり、舐められないようにしたり、対等にいようとしたり、緊張していれば、それが相手に伝わりジャイアンに変えてしまう。つまり、相手がジャイアンになるか否かはあなたの初手の対応にかかっているのだ。もし、あなたが自身で考えられる範囲の中で下手に出ても相手がジャイアンだったなら相手が悪い。そこは自分を責める必要はない。
② 結婚後も親であるか
義理の父母とは、あなたがパートナーと揉めた時に使用する切り札であるべきだ。あなたの実の父母はあなたのパートナーや義理の家族に直接何か言う事は難しい。無論、相談相手にはなってくれるが、具体的な行動を取るのはあなた自身である。その時に強力な味方になるのが義理の父母である。義理の父母が常識のある人であれば、あなたがパートナーに対して不満を抱いたと知った時に、自分の子供叱ってくれる。「なんであんたがしっかりせんのかい!」と言って叱ってくれる。そのような義理の父母は極めて大事な家族であるため、あなたは最大限大事にした方がいい。
しかし、自分の息子や娘が悪いのにもかかわらず、「あんたも辛かったんやな」などと甘やかす義理の父母だった場合、前途多難である。それはパートナーが悪いにも関わらず甘やかしている親だし、パートナーも悪いことしても親元に帰ればいいやと反省しないし、なぜかひた向きに頑張っているあなたが悪者になってしまう。このような親は前述のお気持ち思考の人間である。自分の子供が悪いという現実よりも、自分の息子の前には好かれたいという、お気持ちを優先する親だからだ。そしてそんな親に育てられたからパートナーも”至らない”のだ。
こういうことを言うと、「自分が傷ついたときに、親が味方になってくれなかったら誰にも相談できずに、もっと悪い方にいくかもしれない」と主張する者が現れるだろう。先に言っておくがそれは本件とは全く関係ない。「自分が悪い事をした」という部分を棚上げにして肯定だけを求めるのはおかしな話だ。また「相談できないから悪い方にいったんだ」というのも筋違いだ。相談できずとも非行に走らないものは沢山いるし、肯定がなくても相談できる関係性は構築できる。
「悪い事をした」と、「相談ができない関係性」は別問題である。相談ができる関係性とは自分の悪い部分を棚上げにして無根拠な肯定をすることで育まれるわけではない。相談できる関係性は「この親なら困った時は命がけで守ってくれる」「相談した時に真剣に受け止めてくれる」という信頼感によって育まれるのだ。決して無根拠な同意によって育まれるものではない。しかし、お気持ち思考は自分を守るためにそこを無視して肯定のみを求める。そしてそれを良しとする親がそのような人間を育てているのだ。要は甘やかして育てる親かどうかを見極めればいいのだ。
③ 恥を気にするかどうか
ジャイアンのような親や、自分の子供を甘やかすような親は本来、恥ずべき親である。親というのは子供を愛し、守り、躾ける存在である。決して自身の家庭のヒエラルキーをジャイアンのように外部の者に誇示したり、自分の子供が悪いにもかかわらず甘やかすようなものではない。もし、そのような姿を周りの人に見られたら「あそこの親は威張ってるよ」とか「甘やかしてるわ」とか、親自身が親を全うしていないという烙印を押されてしまうだろう。要は周囲に厚顔無恥な無能だと周囲に知らしめるようなものである。
親は自分の子供が世界中から敵視された時に守ってやる存在だし、辛い目にあったら帰ってこれる家でもある。しかし、同時に子供が悪い事をしたなら注意すべきだし、代わりに矢面に立ち、恥を受けるのが親の役目だ。自分の代わりに矢面に立ち、頭を下げ、自分の恥を引き受けた親を見て子供は「俺のために、あんなにボロカスに言われて。俺の代わりに恥をかいたんだ。父さんごめん、もう二度とやらないから」と心の底から反省するようになる。
これが親である。上記のジャイアンは自分を強く見せる事ばかりを考えて子供守らないし、甘やかす親は子供傷つけないことを優先するあまり責任を取る事や反省するとはどんなことかを見せていない。そんな親はあなたを敵視するし、あなたの味方にもならない。そして周りからも「気難しい人」とオブラートに包んだ無能扱いされている。そしてそんな親に育てられた子供もまた同じ道を進む。それらはすべて「周りから見たらどんな親に映っているか」を客観視できないから起きている現象なのだ。
自分の子供を甘やかすなどというのは本来、恥に感じるべき事だ。子供を甘やかしてる所を周りの親に見られたら「あそこの親は子供を甘やかしてるわ」とみなされてしまう。本当にいい親というのは、外では子供を厳しく躾け、家では子供の味方をする。そして子供が悪い時には代わりに謝り、責任を取る。その姿勢を子供にしっかり見せる。そして最後にはきちんと叱って躾ける。それが親なのである。
子供が傷ついた時に「可哀想に」などと言って傷を舐めてやるばかりが親ではない。特にあなたが女性なら要注意だ。母親は息子に対して甘やかしがちである。結婚した際に甘やかされた息子を躾ける立場になるのは他でもないあなたになる。その点はどんな男性と結婚しても付き纏う問題なので、必ず覚悟しておいた方がいい。
これら上記の問題を解決・緩和するために必要なのが入籍や結婚の決意を固める前に相手の家族を見て、関係性を構築しておく事だ。それらを全てをしないまま入籍するのだからみな義理の家族と距離ができ、帰ることがストレスになり、介護が負担に感じ始めるのだ。そのすべては入籍前に十分関係性を構築できてないことにある。
④ 一人暮らしの経験があるか
一度でも異性と暮らしたことのある人なら分かるだろうが、一人暮らしの経験の有無は極めて重要である。金銭感覚、清潔感覚、湯船のお湯張りや洗濯の回し方、料理や片づけの手際、それらを効率よく組み立てる段取り。すべてが生活において必要なものである。
よく勘違いしている者がいるのだが、「料理ができる」「掃除がマメ」などはあまり気にしなくていい。その料理能力や掃除能力を自発的に発揮できるか、効率よく段取りを組めるか、これが大事なのである。
いくら料理が上手くても料理をしてくれなければ意味がないし、いくら掃除がマメでも料理などの他に優先すべき家事があるのに掃除だけしていても意味がない。逆に効率よく動けるなら質は関係ない。全ては「自発的」に「効率のいい段取り」を組んで「家事に取り組めるか」が大事なのである。
筆者は結婚するまで実家暮らしだった。つまり一度も一人暮らしの経験がない。しかし、帰宅する際に「冷蔵庫には○○がなかったな、買って帰って料理して、今日は洗濯物が多いから先に選択を回して料理するか」など、自然と効率よく段取りを考えることができていた。多くの人はそうかもしれない。しかし、中には実家暮らしだと自発的に考えて段取りを組むのが苦手な人がいる。筆者の場合、妻がそうだ。
1人暮らしの経験がなくても家事の方法や段取りを組める人間もいるが、多くは経験しなければ学べない。筆者も妻が子供たちを連れて数か月帰省していたことが何度もあったから疑似的に一人暮らしを経験できたことが大きい。これらは全て自分がだれかとの共同生活をするうえで必要なスキルを身に着けるために必要な通過儀礼なのだ。
女性の場合は実家暮らしでも結婚できるのかもしれないが、男性はそんなに甘くない。というか、男性は稼ぎも求められたうえで家事の能力まで求められているのは少々酷ではないか?「稼ぐためには家事の時間を犠牲にしなければならない」という方程式がある中で家事の能力まで求められているのだから、たまったものではない。こうして文字に起こすと令和の婚活に於いて男性が求められるもののハードルが高い気がする。(笑)
もしかするとこれから男女平等の波に乗って女性も実家暮らしは敬遠される時代が来るかもしれない。何故なら最近の男女平等は女性に対する過度な気配りを否定する流れになりつつあるからだ。男性の寛容さに甘えてヒステリックなワガママと男性差別を繰り返したおかげで、男性側が「もう、俺たちも我慢しなくていい。何故なら男女平等の旗印は俺達も使っていいんだから」と理解し始めたからだ。
今後は女性であっても一人暮らしの経験の有無が結婚の成否を分けるかもしれない。というか、同じレベルの顔とスタイルと性格で実家暮らしと一人暮らしのどちらかを選べと言われたら多くの男性は一人暮らしを選ぶのではないか? まぁ、それは「家事ができるしっかり者」だからという理由ではなく、家事ができる女性を選べば自分が家事をしなくてもいいからなのだが...
⑤ 喧嘩をしておく
以前、結婚相談所の仲人が「入籍前に喧嘩をしておくといい。」と語ったら炎上していた。曰く時代遅れということらしい。他の仲人から「仲人が喧嘩を推奨するなどあってはならない」とまで言われていた。しかし、既婚者なら分かるだろうが入籍前の喧嘩ほど大事なものはない。入籍前に喧嘩をしない、喧嘩が起きないのは建前での付き合いでしかない。
建前で付き合ってるから喧嘩が起きないのだ。要は他人なのだ。他人だから踏み込まず、他人だから否定せず、他人だから共感する。そして建前を前提にした付き合いをしてしまっているから喧嘩を恐れるのだ。何故なら、踏み込まず、否定せず、共感するという、今まで最も大事にしていた要素を取り払ってお互いの意見を擦り合わせるのが喧嘩だからだ。喧嘩をするとその前提が崩れ去り、別れるかもしれないと考えるから喧嘩ができないのだ。要は保身。酷い人間と思われたくないだけなのだ。
断っておくが結婚とはお遊びではない。共同生活であり、一蓮托生なのだ。そこで喧嘩が起きない、してはならない、などというマインドでやっていけるはずがない。「喧嘩なんて必要ない」「する必要ない」など、どの口が言う?
そんな綺麗事を言うから、結婚できず、結婚しても不幸になるのだ。喧嘩とは自分の意見を主張するということである。喧嘩が起きないのは、ワガママを言った側の要望が、我慢する側のキャパに収まっているからに過ぎない。喧嘩が起きないのは「まぁ、それくらいなら別に負担にならんし、別にいっか」と受容してもらえてるに過ぎない。
そもそも、喧嘩が起きないレベルの浅い付き合いしかできずしてどうやってその後の結婚生活を営んでいけるのだろうか? 喧嘩は悪い事と思っているからそのような寝言を言うのだ。喧嘩は悪い事ではない。自分の意見を主張する事であり、相手の意見との折衷案を見つけるためのものである。
そして喧嘩と言ってもやり方は人それぞれだ。怒鳴りあうのが喧嘩という人もいれば意見の対立を喧嘩という人もいる。だが、本質は共通している。それは意見の対立である。怒鳴り合わなかったとしても意見は対立しているのだ。そこに折り合いをつける作業が喧嘩なのだ。仕事での会議と思えばいい。別に悪いものでもない。
決して嫌いだからするわけではないし、喧嘩したからと言って嫌いになるわけではない。喧嘩にならなかったり、何度喧嘩しても分かり合えない時に嫌いになるのだ。そうなる前の喧嘩はむしろ尊いものなのだ。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
最もしてはならないのは喧嘩が成立しない相手との結婚だ。喧嘩が成立しないと言うことは相談が成立しないと言うことである。自分の意見を主張する場がないということである。あなたが何かを主張しても相手は無視したり、「そっかー、そうだよねー」などと言って聞いていない。あるいはヒスったり、泣いたり、黙ったりする。喧嘩をした時に、あるいは相談をした時に不機嫌でコントロールをするような人間と結婚してはならない。喧嘩がない夫婦などただどちらかが我慢しているか、喧嘩そのものを恐れて何も言えなくなってるのだ。
たまたま仕事と生活のワークライフバランスが取れているのだ。心のバランスが取れているのだ。要は「何か問題が起きても喧嘩せずに乗り越えられる」のではなく、「たまたま喧嘩をする必要がないほどの苦難が訪れていない」ということである。
喧嘩がないので上手くいっているように感じるかもしれないが、それは別に何かを乗り越えているわけでも、喧嘩をせずに乗り越えられる保証になっているわけではない。
そのような建前だけの浅い関係は、何か歯車が狂えば喧嘩は避けられないし、別れも避けられないだろう。苦しくなったらお互いを罵り合ったり、嫌い合ったりして、一瞬で切れる。
そしてそれは出産などによって負担が増え、支出が増え、ホルモンバランスが崩れ、子供の病気のお迎えによって仕事が上手くいかなくなったりすると突然訪れる。
喧嘩はしておけ。きちんと喧嘩が成立するなら、その相手はあなたと向き合う気があるし、あなたとの共同生活を続けたいと考えている。逆に成立しないならあなたよりも自分優先だし、「喧嘩をしたら別れるかも」「嫌われるかも」「こいつの話めんどくせぇ」などと保身しか考えていない。そのような相手は結婚相手に選んではならない。
⑤ 結婚できない男
30代で婚活している女性は30代で未婚の男性に警戒心を解いてはならない。男性なら理解してもらえると思うが、30を超えて独身でいい男なんて残っていない。本当に残っていない。この記事を読んでいる男性諸君、女性に紹介できる未婚のいい男友達がいるか振り返って欲しい。相当少ないはずだ。残っているのはなにがしか欠点がある男性である。
筆者の後輩に背が高くイケメンで優しくて気遣いもある男性がいる。しかし、彼はいまだに未婚である。その原因は明らかで
- 我慢強さがない
- 内省できない
- 都合の良い相手を探し続けている
- 見返りを求めている
彼は彼女と車内で喧嘩した際は「車から降りろ」と言うし、自分にも原因が有るにも関わらず「相手が悪い」と自己を顧みない。そして容姿が良くて気立てがいい女性を探し続けており、常に「俺が○○したのに彼女は感謝しないんですよ」と見返りがある事を前提に気遣いや優しさを行使している。そして彼は避妊もそれ程気をつけていない。何故なら容姿に拘ってるからだ。男性はブスを抱く時は全力で避妊するが、可愛くて付き合ってくれる女性には避妊が甘くなる。
このように彼は怒りや相手のわがままを許容できる我慢強さがなく、怒った時は女性が萎縮するような手段で表現する。そして容姿などの拘りが強く、都合のいい相手を探し続け、付き合ってくれた可愛い女性には誠意を尽くす。しかし、「誠意を尽くしたのだからこちらの要望に叶うのは当然だ」という思考回路なので、小さな事で不満を感じるし、女性側の要望をワガママと感じる。そのような交際をずっと続けているにも関わらず一向に改善しない。だから未婚なのだ。
未婚のアラサー女性の為に言っておくが、アラサー以降で売れ残っている男性は筆者の後輩タイプが多い。もしくはその真逆の地味な男性だ。売れ残っているアラサー男性の多くは、
- 恋愛に限らず様々な能力が低い男性
- イケメンで優しいが自己中心的な男性
- 優しくて気遣いもあるのに何故か売れ残ってる男性
が殆どである。
本当に問題が少ない男性は少ない。みな少なからず問題を抱えており、それは仕事や趣味ではなく、恋愛や結婚というものにモロに影響する問題である場合が多い。
全てが50点の男性は売り切れている。容姿と年収は100点で家事は0点の男性は売り切れているし、容姿と年収は30点だけど、家事や内面が70点の男性も売り切れている。
売れ残っているのは全てが10点の男性か、容姿と年収は100点だが性格や家事の能力や責任感がマイナス50点のものか、容姿と年収は30点で性格も50点だが、何故か結婚できない男性である。
この何故か結婚できない男性は食事などのマナーが悪かったり、ただ優しかったりするだけの人が多い。優しいとは女性の全てを肯定する事ではない。時には厳しい一面を見せたり、率先して何かを決断したり、信念を持っていたり、とにかく芯がある。ただ優しいだけや気遣いしてくれるだけでは他の男性と差がない。
結婚できる男性は優しいし、気遣いもあるし、居心地もいい上に容姿もそれなりで年収もそれなりで、内省する力があり、決断力や対応力もあるのだ。優しくて、気遣いがあって、居心地も良くてモテそうなのに何故か結婚できない男性は器用貧乏になっている人が多い。この男性は飛び抜けた容姿や年収がなく、家事の能力も極端に高くないなら一点特化型のダメンズにすら負けてしまうのである。50年、人生を共にする相手と考えた時に「うーん」となってしまうのが彼らなのである。もしかしたら男性のオスとしての魅力も高くないのかもしれない。
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(引用:オペ看/著者人間まお・ミサヲ)
全てが丸くまとまっている男性は売り切れているし、容姿や年収などの一点特化型も売り切れている。独身でそういう人が残っていたならより一層何がしかの理由があると思っていい。
「出会いがなかった」とか「仕事が忙しくて」とか、「年収が低くて」とか、「趣味にハマってて結婚や子供はまだ考えられない」とかを言い訳にしている男性がいるが、そんなものは無視していい。きちんと結婚できる男性はそれら全てを並列処理できる能力を持っているのだ。出会いがなくても紹介が入り込むし、要領のいい男性は出会いがなくても出会いを作ろうとするし、仕事に熱中していても恋愛できるキャパは持ってるし、年収が低くても将来性やひたむきさなどによって結婚できる低年収男性も多い。趣味にハマってても恋愛する熱量も持っている。仕事・趣味・恋愛をバランスよくこなせるから20代で結婚していくし、仕事と家事もこなせるのだ。
売れ残っている男性は、仕事と趣味と恋愛をこなせない=結婚しても家事と仕事と育児をこなせない低能か、それを言い訳にして恋愛や自分の問題から逃げてきた男性である。考えてみれば当然の話で、言い訳を理由に恋愛から逃げてきた男性がこれから結婚や挙式、住居、子供などのより大きな問題に向き合って対処できるだろうか? 無論、向き合わねばならないので向き合いはするが、尻に火がついてやっと動ける男性とあなたは50、60年を共にしたいのか?
そこをきちんと向き合って行動できる男性は30代までに売れ残る事自体がありえないのだ。確かに男性にも男性なりの理由があるだろうが、「出会いがなくて」「仕事も忙しくて」「年収も低くて」「趣味にもハマってる」男性でも結婚する奴は結婚しているのだ。同じ環境や同じ状況でも結婚している者がいるのだから、あとは内面の問題によって未婚が既婚かに別れるのである。決して、「出会いがない」とか「仕事が忙しくて」とか「年収が低いから」とか「趣味にハマってるから」などではない。
仮に「出会いがなかった」なら何故、今頃マチアプで出会いを探しているのか? 今できているなら前からできたはずである。
「仕事が忙しくて」結婚できなかったなら、何故転職してないのに今婚活できてるのか?
「年収が低い」から結婚できてないなら何故年収が低くても結婚できている者がいるのか?
「趣味にハマってて」婚活できなかったのに今も趣味をやりながら婚活してるのは何故なのか?
こんなレベルのことを言い訳に使っている。いや言い訳になると思っている低レベルの思考力と行動力と決断力だからいまだに未婚なのだ。それらが理由になると思ってる客観力の低さも著しく問題である。断言するが今だに結婚できていないアラサー男性はこのレベルだと思っておいた方がいい。特に適齢期にも関わらず彼女がいないアラサーの未婚男性は要注意である。逆に適齢期に彼女がいたが何らかの理由で結婚できずにミドサーやアラフォーになってしまった男性の方が100倍良い。
30代前半で「出会いがない」「仕事が忙しい」「趣味にハマってる」「年収が低い」などを言い訳にしている男性は信用ならない。課題がわかってるのに転職や昇進や資格勉強や趣味を辞めるという事をせずにダラダラと言い訳を並べて「今」を消費しているだけに過ぎない。
こういう厳しい事を言うと勘違いされるのだが、「仕事が忙しい」とか「出会いがない」とか「年収が低い」とか「趣味にハマってる」とかそれ自体が悪いわけではない。別にそれらの問題を抱えるのは仕方ない事だ。だからこの問題を抱えているからといって低能とか言っているわけではない。筆者が言いたいのは、「結婚したい」のに、それらの問題と向き合わず、言い訳にして、逃げ続けている事が悪いと言っているのだ。
同じような問題を抱えてるのに結婚できている人と、結婚してない人を分けるのはこの部分なのだ。結婚という本当に望んでいるものがあるのにも関わらず、それと向き合っていないから結婚できないのである。逆を言うと同じような問題を抱えてるのに結婚できている人は、その問題に向き合ったから結婚できているのだ。その問題が解決できているかは関係ない。問題に向き合っているか、改善しようと努めているか、その姿勢こそが大事であり、仮にその問題が解決していなかったとしてもその姿勢が見られていれば女性は結婚してくれる。何故なら自らの問題に勇気を持って向き合い、改善しようと努力しているからだ。その努力が出来る人なら今後、他の問題が出た時も逃げずに向き合って対処してくれるだろう、という信頼感を持てるから結婚するのだ。優しさなどではない。
優しくて気遣いもできて居心地もいいのに何故か売れ残ってる人はここが出来ない人が多い。優しいのは向き合ってないからだし、気遣いがあるのも嫌われたくないからだし、居心地がいいのは距離を詰める事を怖がっているからだ。要は他人なのである。
他人だからセンシティブな話をされないし、嫌な事はされないし、共感してくれるし肯定してくれるから居心地もいいのだ。それを優しさと呼ぶからタチが悪い。それは優しさではない。ただの他人だ。あなたと向き合った上で優しいわけではない。他人だから他人を怒らせないような対応と距離感を取っているに過ぎない。
「優しい」とか「気遣いがある」とか言われるのに結婚できない人はここに問題がある。優しいのではなく、「相手が不快な思いをしないように気をつけよう」としているに過ぎない。そんなものは全ての男性がしている。結婚できる男性はそこに、「相手の意見を聞く力」「自分の意見を言う力」「多面的に考えて答えを提示する力」などが備わっている。
今日行くお店、プロポーズの内容、プレゼント、将来設計などを、自分から提示できなかったり、女性に必要以上に聞いたりしていると、「自分では何も考えられない人」、「自分では決断できない人」と思われてしまう。だからただ優しいだけの人になってしまうのだ。
あなたは相手の話を聞き、不快感を与えずにコミュニケーションが取れるし、相談もできるのだろう。しかし、そこから最適解を導き出したり、自分の意見を言ったり、相手に何か伝えるという芯のある行動が取れない。
嫌われる事を恐れて、自分の哲学や美学を開示できない。あなたは「優しい」のではなく、質問に対するイエスかノーを推察するのに長けているだけだ。
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(引用:喧嘩稼業/著者木多康昭)
だから女性から「優しい」や「気遣いができる」と言われるものの、自己開示や自己決定、デートプランの提示や、トラブルの解決策の提示など、能動的な解答ができない。単に質問に対する模範解答を導き出すのが上手いだけである。自ら課題を見つけて解決に取り組んでいるわけではない。それは優しさとは言わない。ただのイエスマンだ。
もし、あなたが何らの問題を抱えていてそれを理由にいつまでも逃げているなら、あなたが結婚できない理由は「年齢」や「年収」や「容姿」ではなく、「問題と向き合わない姿勢」や「嫌われないように模範解答を喋っている」からであるかもしれない。仕事や出会いや年収や年齢など、やろうと思えば何でも言い訳にできる。この世の全ては言い訳になり得る。だからこそそんな言い訳をせずに「俺にはこんな問題があります、でも今はこういう取り組みをしていて改善に努めてます」と胸を張って言える程に頑張った方がいい。その姿勢こそが優しさよりも女性を惹きつけるのだ。その芯のある行動が優しいのに結婚できない人とできる人を分けるのだ。犬も食わない言い訳を並べる暇があるなら、一歩でいいから理想に踏み出し、解決しなくてもいいから改善しようと向き合う事から始めるといい。
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(引用:バキ/著者板垣恵介)
極論、結婚などできなくてもいいのだ。もし、あなたが自分の問題点や環境に向き合い、改善しようと努めた結果、独身のまま生涯を終えたとしよう。それでも自分に向き合わずに、ただ社会や環境のせいにして低級呪霊になって死ぬより遥かにマシである。あなたは問題に向き合う前の人間より遥かに素晴らしい人間になっている。「確かに俺は独身のままで、これまでの努力も徒労に終わったかもしれない。でも、最後は俺にしてはマシな人間に成れたよな」と自分を肯定して死んでいくことができる。低級呪霊として終わるより、そちらの方が豊かではないか。
幸い、自分の問題点へ向き合うのは今すぐできる。明日からなどと先延ばさなくていい。だって自分の問題なのだから。年収が低いなら年収が高い職業に就くための資格などを調べればいいし、太っているならダイエット法を検索するだけでもいい。仕事が忙しいなら転職を検討すればいい。解決するのは相当先になるだろうが、「解決しようと向き合う」事は今すぐできる。まずは隗より始めよ。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
⑥ まとめ
自立している女性や話し合いができる女性を希望するのはテイカーではない。当たり前のことだ。特にそのような女性と交際経験があるなら尚更だろう。しかし、それを公の前で「それを見た人がどんな気持ちになるか」を客観視できない人は能力が低いと言わざるを得ない。コミュニケーションやその人の態度や対応、言葉尻から「無意識的に搾取する女性」や「お気持ち思考」や「喧嘩が成り立つ」かどうかを判断し、違和感を感じたら相手の目線で自分を考察したり、相手の経歴を信じたうえで本当にこのような思考になるのか、こんな生活ができるのかを鑑みた方がいい。
それらが自然に滲み出さないなら自分からセンシティブな話を開示していき、相手の対応や態度を観察することだ。その際にイエスかノーのような返答だとあなたの問題や要望に向き合う気がないかもしれないと訝しんで探りを入れた方がいい。そうやって「自立している女性」や「話し合いができる女性」かを見極めると良い。「内省する男性」か「責任感のある男性」かを見極めると良い。
自立していない女性や話し合いができない女性と結婚した場合、どのような地獄が待っているのかは有料部分にて後述しておく。不幸な結婚とはなんのなのか理解していただけると思う。
長く婚活を続けて自己否定に陥ると「これ以上、マシな条件の人と付き合えないかもしれない」と必要以上に自分を卑下して妥協しがちだ。だが、それは後ろ向きの妥協であり、自分を納得させる為の言い訳に過ぎない。そのような結婚は後悔しか生まない。筆者がそうだったからよく分かる。
だから後ろ向きな妥協だけはしてはならない。自分を納得させる為に妥協できるポイントを探すような結婚をしてはならない。必ず「他の人だったら」と隣の芝生が青く見えだす。そしてそれは後悔に繋がり、「私はこんな人とこれから50年、連れ添わないといけないのか…そんなの無理!」となる。
「私にはこの人しか無理!だってこの人にはこんないいところがあるんだもん!」という前向きな妥協は構わないが、「私のスペックじゃ、この人としか結婚できないだろうな」という後ろ向きな妥協だけはしてはならない。絶対に。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
この記事で言いたかった事は
- 自立している女性や話し合いができる女性を望むのはテイカーではない
- 上記を希望欄に書くのは、「他人から見た時にどう思われるか」を客観視できない人々である
- 「金銭感覚」「清潔感覚」「プライドの高さ」「お気持ち思考」「怠け者」「喧嘩が成立するか」これら6つは必ず見極めないといけない
- 上記の6つを妥協した結婚生活は最悪である
- 「自分のスペックではこんな人としか結婚できない」と卑下するのは良くない
- 「出会いがない」「忙しい」「低年収」を言い訳にする人と交際する際はよくよく人間性を見極める事
- 上記の三つを持っていても結婚できる人がいるのは、出会いを作ったり、紹介されたりする魅力があったり、忙しくても時間を作る誠実さがあったり、低年収でもそれをカバーするだけのひたむきさがあるからである。
- あなたの相談に肯定的な返事しかしない者は信用してはならない。「どう肯定するのか」「どう受け入れるのか」を問わねばならない。YESかNOでしか答えられない人は避けねばならない
- 極端に転職が多い人や、苦労を知らない人、人と接する事がない職業の人は、「サービス気遣い」しかできない事が多い。日常生活が始まると気遣いがなくなるものやリスペクトがなくなるものが多い
- 家族内にジャイアンがいる人や、子供を甘やかす優しい親がいる相手は気をつけた方がいい。あなたに対してもジャイアンだし、パートナーが悪いのに何も注意せずにあなたを悪者として扱う可能性が高いからだ
- 一人暮らしの経験がない人も金銭感覚や清潔感覚、生活感覚などが一致しない為、あなたが一方的に家事をする可能性が高い。特に家事の段取りを自発的に組めない人は要注意だ
- アラサー以降は基本的に本人や家族に問題がある人と思っておいた方がいい。問題なのはその問題に向き合わず、逃げているかどうかだ。改善しなくても改善しようと努めている人を選ぶといい
マチアプにしろ、相談所にしろ、プロフィールという商品のPRから入る恋愛は、通常の恋愛よりシビアである。「低年収」もこの商品価値が下がる仕様だから不利になるのだ。
だが通常のコミュニティでの恋愛だと「低年収」は障害にならない事が多い。何故なら人柄を知っているから「低年収」が「期限付き」のものであると思えるからである。「今は低年収に過ぎない」という認識になるからである。だからこそコミュニティを通した恋愛というのは、自分の商品的な価値や仕様より、「故障に強い」「どんな環境でも動ける」というような、生物的な強さと精神的な成熟さを問われるのである。
マチアプや相談所では確かに「低年収」というのは大きな足枷だろう。だが、そこを改善しようとする姿勢と将来性があれば、そこを乗り越えられる。結局は人間性なのだ。その人間性というのは自分の問題から逃げ続けていると手に入らない。そういったものを乗り越えてきたから人は精神的に成熟していくのだ。
それに実際、そこまで具体的に「年収○○万以上じゃないとダメ」と言っている女性は多くない。それを言うのは港区女子や都市部の女性だろう。地方の女性でそこまで望む女性は多くない。これは容姿もそうである。「イケメンじゃないと無理」という女性は少ない。「イケメンの方がいいけど最低限、不細工じゃなければいい」くらいである。
そんなものより人間性を重視する。年収も「最低でも自分と同じか、自分より高ければいい」程度で500万以上とか地方で希望する人は少ないだろう。そのように分かりやすい武器が通用しないからこそ地方の婚活では人間性が重視されるのだ。
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(引用:オペ看/著者人間まお・ミサヲ)
だからこそ、職場、学校、友達、趣味、友人の結婚式などのコミュニティ結婚が多い。というか地方の結婚はそれが大半ではないだろうか。地方ではハイスぺを望まない分、人間性を重視しており、人間性を重視しているからこそ人柄のごまかしが効かないコミュニティ恋愛に収まるのだろう。「この人、仕事でミスしたのに言い訳ばかりやな」とか「この人、上手く行かないとこんな風に怒るんだ」とか人柄が分かりやすい。
それによって「容姿」や「年収」で勝負しにくくなっている。「容姿」だけで内省できない人は売れ残るし、「年収」だけで責任感や決断力や優しさがない人は売れ残る。「容姿」と「年収」を兼ね備えていても、「友人に恋人と紹介して恥ずかしくない人」でなければ結婚相手に選ばれない。結婚生活やその後の自分の人間関係が上手く行くような人柄の人でないと選ばれないし、そういう人を選ばなければ幸せになれないと分かっているのだ。
結婚というのがいかに「容姿」や「年収」という強力な武器だけでは上手くいかないかはこの記事を読んだ人なら分かっていただけるだろう。それらがあっても片手落ちの結婚になる。もちろん、あなたが「稼ぎがある男性がカッコいい」「巨乳で可愛い子なら何でもいい」というのなら「容姿」や「年収」で選んだ方が幸せである。
しかし、「家事育児に取り組んでくれる人がいい」「対等にいられる関係性がいい」「相談して寄り添える関係性がいい」などの、精神的な安らぎを求めるならば、やはり結婚相手選びのハードルは高くなる。そしてどんな所を注意すればそれが見えてくるのかは、これまでに散々論じてきた。知識が増えると見えてくるものが増える一方で、判断に迷うことも増える。しかし、それでも何も知らずに何も気づかずに変な相手を捕まえて奴隷のような結婚生活になるより100倍マシだ。断言するが、妥協して変な相手と結婚するより一生独身の方が遥かに幸せである。知識や経験は増えるほど迷う事も増えるが、それは自分の選択肢の質を上げることでもある。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
この記事を読んでくれた人に言いたい。嫌われてでもいいから踏み込んだ話をして、喧嘩できる相手かどうかを見極めた方がいい。お気持ち思考かどうか見極めた方がいい。怠け者なら付き合うな。それらは経歴や言葉尻、他人への態度、経歴とイメージのズレなどに現れてくる。そしてYESかNOでしか返答できないものとは結婚してはならない。自分と向き合わない者もダメだ。優しいや居心地の良さなどは交際前の大前提であり、結婚の決め手にはならない。とにかく「見る目」を閉じない事が大切なのである。
そして最後は勢いである。不安もあるだろうが不安に身を任せる事も時には大事なのだ。いくら不安を払拭しようとしても必ず付き纏ってくる。不安を0にするなんて不可能なのだ。30代以降で未婚の人は、恐らく不安があるから進めなかったり、不安を払拭する為に厳しく相手をジャッジしているのではないか?
それではなかなか結婚出来まい。大事なのは結婚後に相手を躾ける覚悟だ。最初から完成品など転がっていない。必ず自分の意思を貫く為に喧嘩したり、躾けたりする必要が生じる。その覚悟が自然と出来ているものが早々に結婚していくのだ。人を条件で判断する減点方式の人や、不安があると前に進まない人は、その思考そのものを作り変えない限り結婚は難しいし、出来ても不満が溜まる結婚生活になるだろう。
入り口は、「容姿」や「年収」や「学歴」などの条件で減点方式でいい。しかし、「もう少し深く知りたいな」と思ったなら、そこからは加点方式の方がいいだろう。何故なら減点方式は最後は必ず0点になるからである。そして相手としても自分がジャッジされてる気分になり楽しくないだろう。そんな気持ちを相手に与えたならその関係性は終わりに近づくだろう。自分が「この人のことを深く知りたいな」という相手を探すまでは減点方式でもいいだろうが、そんな人と出会えたらあとは相手の良い所を探す加点方式の方がいいだろう。そして最後は勢いである。満点の人間など存在しないのだから。
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(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)
⑦ 最後に
筆者は婚活者ではないし、婚活する予定もない。にも関わらず婚活についてアレコレ4万字も語ってしまった。その中には的外れな考察も沢山あるだろう。「それは横暴すぎる」と思われることも論じていると思う。だが、中には筋が通ているものもあるはずだ。何度も繰り返しているが、間違った結婚をするより、正しい独身生活の方が遥かに幸せである。
正しい独身生活とは、自己中心的な自堕落な生活ではない。身なりを整え、仕事や趣味に打ち込み、他人に優しく、しかし芯はあり、内省する力があり、友人や趣味の仲間と交流し、自分の身の上話や信念や夢や生活について相談したり、自己開示できることである。
それができれば、その人の人柄が自然と開示され、その人柄が行動にでるので信頼され、結果的に紹介されたりコミュニティの中で出会いが生まれるだろう。恐らく地方の結婚はそのパターンが多い。
結局、楽しく、誠実に生きていれば出会いは転がり込むし、独身だったとしても、周りから必要とされる人間であれば不幸にはならない。
連帯感は幸福を感じる重要な要素だからだ。年を重ねて、このまま誰からも愛されることなく、理解されず、必要とされず、誰かと思い出を作らずに生きていく不安感や孤独感は計り知れない。その孤独感は人を殺す力がある。
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(引用:島さん/著者川野ようぶんどう)
だから男女問わず、自分を必要としてくれる誰かを探そうとしているのだ。「誰かがいる」という安心感を得ようと結婚したがる。友人が多い人はこれを友人や友人の子供によって「誰かがいる」という環境を手に入れられるから幸福度が高い。だが、それが何もなく、ただ自分のためだけに時間と給料を消費する人生は不安でしかない。
結婚というのは本質的な解決ではない。家族がいても「理解されない」「相談に乗ってくれない」「自己開示できない」「自分の意志が尊重されない」「相手が将来や生活を軽く考えている」「問題が解決できない」などを感じたら、結婚しているのに孤独を感じる。物理的に人に囲まれていても、孤独を感じる。
いや、物理的に人に囲まれている分、感じる孤独はより強いものになるだろう。だから、本当に大事なのは例え結婚相手でなくても、自分の事を理解してくれる人や世話を焼いてくれる人だ。究極的に結婚できなくても、そんなソウルメイトがいれば結婚したのと同じ心持ちになる。傷つけても、傷つけられても、許し合えて、理解が深まり合えるような人。そんな人が1人でもいるならあなたは既に幸せ者である。もし、いないなら見つけなければならない。距離の要らないもう一人を。
*ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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もしこの記事が良いなと思った方は、賽銭と思って以下から有料部分を購入してください。結婚生活がどんなものかよくわかると思います。