spriteの考察日誌

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結局水槽は、小型水槽に行き着く話

 

水槽を11個立ち上げて管理してきた結果、小型水槽ノーフィルターが一番楽な事に気づいた

 

外部式フィルターや底面フィルター、外掛け式フィルターなど色んなフィルターを使い、飼育水を使わずに0から11個の水槽を立ち上げてきた

水草もエキノドルスやロタラ、ミリオフィラムなどの成長の早いものからアヌビアスなどの遅いものまでやってきたが一番管理が楽なのは小型水槽であると気づいた

 

アクアリウムの面倒くさい要素

 

  1. フィルターのメンテナンス
  2. 水草のトリミングと苔対策
  3. 水換え

およそこの三要素だろう

 

①フィルターのメンテナンス

大体、ストレーナー周りが先に目詰まりする

ミナミヌマエビを飼っているとストレーナースポンジを付けなければならないが、そこが先に目詰まりする

しかし、レイアウトの関係次第ではスポンジを取り外すのが大変だったりするせいでメンテナンスが非常に面倒になる

その次にメンテナンスが必要になるのはインペラー周りだろう

結局のところ、外部式フィルターだろうが外掛け式フィルターだろうが何らかの形でメンテナンスが必要になる

しかし、それがレイアウトの関係で難しいのだ

 

②水草のトリミングと苔対策

これも非常に面倒だ

特に成長の早い有茎草を植栽していると尚更である

トリミングしなければ下に光が届かず、成長の早い水草たちが我先にと光を取り合う

水面から飛び出し、ミリオフィラムなど葉がプラスチックになる

レイアウトが崩れるだけでなく、最終的に水草自体が枯れてしまう

 

苔も対策が煩わしい

ちゃんと立ち上がれば生えなくなるのに、立ち上げ初期には必ず生える

黒髭苔など、排水溝の髪の毛と見紛うほどに繁茂する

放置すれば水草は枯れるし、対策しても水草を含めた水槽が完成するまでは無限に湧き続ける

 

③水換え

小型水槽ならいざ知らず、60センチ以上になると水換え自体が重労働になる

所要時間はせいぜい5分から10分程度だが10リットルのバケツを2回ほど水換えするとなると重労働だ

戸建てなら簡単かもしれないが賃貸だと尚更大変だろう

 

結論

結局、小型水槽に大磯砂を敷き、ノーフィルターで陰性水草に行き着くのだ

どれだけメンテナンス頻度を下げる工夫をしても、飼育している生体によってはストレーナースポンジなどを付けざるを得なくなり、結果スポンジの目詰まりやインペラーの掃除などが必要となる

水草も美しさを追及して有茎草ばかり植えるとトリミングに追われてしまう

苔も有茎草を植栽し、固形肥料やソイルを使うとすぐに繁茂する

水換えも「水量の多い水槽の方が管理が楽ですよ」「安定しますよ」と言われて60センチ水槽を買うと重労働になる

 

要は大型、小型を問わずアクアリウムで、水換え、トリミング、フィルターメンテナンスから逃げられないのだ

だからこそ小型水槽ノーフィルターをお勧めしたい

大型水槽でどれだけ優れたフィルターを導入しようが水換えは必要なのだ

従って水量の少ない小型水槽の方が水換えの負担が少ない

15センチキューブや20センチキューブくらいなら適当なプリンカップ3杯分で水換えが終わる

そしてフィルターを使っていても水換えが必要なら、そもそもフィルター自体の意味が薄れる

どうせ水換えが必要なら、フィルター自体の値段、フィルターのメンテナンスなどの手間と費用を考えたらむしろ導入しない方が得である

 

更に水草も肥料を必要としない陰性水草にすれば苔対策も低下するし、トリミングもほぼしなくていい

底床も大磯砂なら永遠に使用できる

 

結局、

  1. フィルターの有無に関わらず水換えは必要
  2. 水槽が大きくなるほど水換えが重労働になる
  3. フィルターを導入するとフィルターのメンテナンスも必要となる
  4. 美しい有茎草ほどトリミングが必要となる
  5. 大磯砂は永遠に使える

 

コレらから行き着く結論は、

  1. 小型水槽で
  2. 底床は大磯砂で
  3. 水草はアヌビアスと僅かな有茎草かポタモゲドンで
  4. フィルターを使用せず
  5. プリンカップ3杯ほどの水換えで済ませる

のが最も楽な水槽管理と言える

その水換えすら水槽が立ち上がれば必要なくなる

 

ちなみに完全に水換えゼロにするのは60センチ水槽より、15センチキューブや20センチキューブなどの小型水槽の方が簡単である

最初の2ヶ月ほどはほぼ毎日に近い頻度でプリンカップ3杯ほどの水換えが必要だが、それをやり続ければ後は週に一度、二週に一度と水換えの頻度を落とし、3ヶ月頃から一切の水換えをやめる

例え中の生体が死のうが関係なく水換えを辞める、水換えを辞めると死ぬ生体が出てくる時期が発生するが無視していけば最終的に水換えが不要になる水槽が完成する

少々、荒っぽいがコレが簡単かつ長期維持できる水槽となる

 

ちなみにこの水槽をする場合は、メダカ、ミナミヌマエビ、貝類、大磯砂、アヌビアス、ミクロソリウム、ポタモゲドンか有茎草を少々

これを揃えておくことを薦める

陰性水草だけだと水槽内のアンモニアや窒素、亜硝酸や硝酸を吸収しきれない

その為、成長の早い有茎草かエビモなどのポタモゲドン系、エキノドルスやバリスネリアなどのロゼット系を1種類、1株ほど植えておく

そうする事で水換えの頻度を減らしていける

陰性水草+アマゾンフロッグピッドなどの浮き草でも代替可能だろう

成長の早い有茎草を入れるなと言ったが、全くないと水槽内の硝酸やアンモニアなどが減らないので1株ほどは必要である

最終的には有茎草やポタモゲドンも繁茂していくのでトリミングが必要になるが、肥料を添加していない分、水槽が立ち上がる3ヶ月〜半年後には成長も鈍化していく

何なら殆ど枯れていく

そうして残った僅かな有茎草は大変強靭であり、彼らが水槽内の養分を吸収して環境を整えていく

そうしていけば水換えのいらない水槽ができる

 

筆者の20センチキューブ水槽は、室内でメダカを飼っているのだが、かれこれ一年は水換えをしていない

当然ノーフィルターだ

生体はメダカ6匹、ミナミヌマエビ数匹、イシマキガイ匹、ヒラマキカイ100匹ほど

底床は大磯砂で、水草はブセファランドラ、アヌビアス、ミクロソリウム、ロタラインディカである

ヒラマキカイは駆除するのが面倒になり放置した結果とんでもない数にまで増殖してしまった

恐らく親メダカとプラナリアとヒラマキカイによって針子は絶滅していると考えられる

正直、見栄えは良くないが一切のメンテナンスが不要な小型水槽は管理が楽だ

 

 

 

カグラバチ 箕加星の能力を考察する

 

圧倒的な力を誇る箕加星とその守護者達。

彼らの能力を考察していく。

 

①結論

結論から言うと箕加星の能力は他者の生命を吸収し、使役する力である。

コレにはいくつか根拠があり、

  1. 真打ちとの共通点
  2. 黒い玄力
  3. 眷族と守護者達の妖術の相違点
  4. 小国の民達

の4つである。

 

端的にまとまると、箕加星の「栖」は天敵を退ける殺傷能力とその副次的効果の妖術無効化と再生の他に、他者から生命を奪い、それを使役する妖術だと考えている。

というのも、真打ちが他者から生命を奪いそれを消費して黒い玄力を生み出していた。そして真打ちは箕加星の能力をコピーしていると考えられるので、真打ちの能力を紐解く事で逆算式に箕加星の能力を解明できるはずだ。

 

②真打ちとの共通点

箕加星は虫を操る妖術を使うと説明されている。

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虫と言えば真打ち。

真打ちも虫を起点とした能力を保有する。箕加星と真打ちは虫という共通点があるが、実はそれ以外にも黒い玄力という共通点もある。

 

③黒い玄力

黒い玄力とは、生命を燃焼させる事で起こる究極の玄力である。

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作中で黒い玄力が発言したのは4度。

折れた刳雲、瀕死の座村、剣聖、そして箕加星。

そのうち、真打ちと箕加星のみ瀕死でも雫天石の武器が折れたり壊れたりしていない。つまり生命を燃焼させて生み出す黒い玄力の発生法則から逸脱しているのだ。

コレについては説明があり、真打ちは他者から生命を奪い、それを自分のものとして消費する事で黒い玄力を扱えるとある。

 

つまり黒い玄力を生み出すには、

  1. 本人の命を使う
  2. 加工された雫天石が摩耗損耗して力尽きる寸前
  3. 他者の命を使う

 

この3つである。真打ちはこの3番目に該当する。しかし、箕加星はどうだろうか?

彼らは死にかけてもいないし、身につけている雫天石のメダルも壊れかけていない。にも関わらず彼らの玄力は黒く染まっている。そこで鍵となるのが、守護者と眷属の能力の相違点である。

 

④守護者と眷属の能力の相違点

箕加星は虫を操る能力と説明されているが眷属が使った「咼楽」は虫を生成し、その能力で攻撃するものだった。

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これは妖刀や雫天石メダルによる玄力の具現化ではなく、ダルマや土人形男が使っていた玄力を物質に変換し攻撃するタイプの妖術と思われる。玄力の具現化特有のモヤモヤがないからそう考えていい。

だが、箕加星はこれと異なる。そもそも名前も「栖」であり、具現化された蜈も眷属の「咼楽」とは異なる能力のように見える。実際、6人の守護者が使う「栖」は箕加星の王が使っていた能力と言われている。

この違いは漣家の「蔵」に似ていないだろうか?漣家も威葬という妖術を持っているが初代当主の「蔵」を使う為に継承の儀式を行ない、威葬を失う。つまり、小国の民も守護者と眷属を含めた者たちの生来の能力は「咼楽」であるが、血と祈りにより「咼楽」を捨てる事で箕加星の王が振るった「栖」を振えるようになったのではないか。

 

④小国の民

彼らが黒い玄力を扱えるのは雫天石に適性があるから。そう考えるのが自然だ。しかし、黒い玄力は生命を燃焼させると説明されており、生命を燃焼させずに使役する剣聖は真打ちが他者の命を奪っているから自身の命を燃焼しなくて済むと説明されている。

つまり、黒い玄力は雫天石に適性があるとか関係なく、生命を燃焼させるか、雫天石自体の物質的寿命を犠牲にしなければ発生しないのだ。そう考えるとおかしいのが眷属と守護者である。彼らは自身の命を燃やしておらず、身につけている雫天石メダルも寿命が間近とは思えない。

ここから考えられるのは小国の民から生命を奪っているのではないかと言う事である。小国の民と守護者と眷属は約束した。「我々は飢えてはならない、敵に石を渡してはならない」とf:id:sprite289:20260523212956j:image

 

約束なのだから小国の民も何らかの犠牲を守護者達に捧げているはずだ。お互いに利益がないと約束というのは成立し得ないのだから。つまり、小国の民は守護者や眷属達に従ったり、寿命を捧げたりする代わりに、守護者と眷属たちは小国の民を守り、飢えさせず、敵に石を渡さないという約束をしたのではないだろうか?

 

⑥まとめ

真打ちは虫の能力がある事から明らかに箕加星の能力を流用している。その真打ちは他者から生命を奪い黒い玄力を発生させる。

そして黒い玄力は生命を燃焼させなければ生まれない。作中で黒い玄力が確認されたのは瀕死の座村、物質的寿命が尽きかけている折れた刳雲、他者から生命を奪っている真打ち、雫天石の適性がある守護者と眷属達の4ケースのみだ。

そしてそのうち3ケースは自身、または他者の生命を燃焼させて黒い玄力を生み出しており、例外は小国の守護者とその眷属のみである。コレを雫天石の適性があるからで済ませてもいいのだが、黒い玄力は生命を燃焼させる事で発生すると明言されているし、雫天石の適性とはあくまで人体で生成保持できないエネルギーを扱えるという特徴に過ぎず、それ自体は黒い玄力と関係はない。

やはり黒い玄力の発生には何らかの犠牲が不可欠だと考えるのが普通である。しかし、作中の描写を見る限り、彼らは自身の命を燃焼させているようには見えない。この事から彼らは真打ち同様、他者から生命を奪っている可能性がある。その他者とは小国の民達だはないだろうか?

小国の民達は、飢えずに敵から守ってもらう代わりに寿命を差し出す。そして守護者達はその約束を守る為、血と祈りの儀式により漣家のように箕加星の王が振るった「栖」を継承しているのではないだろうか。

だから守護者と眷属で妖術が違う。眷属が使うのはあくまで箕加星とその眷属達に伝わる 「咼楽」と言う虫を具現化して攻撃する妖術である。しかし、箕加星の王が持っていたのはそのワンランク上の「栖」であり、それを守護者達は継承していると考えられる。

そして「栖」とは天敵を退ける殺傷能力と説明されており、再生や妖術の無効化、生存環境の構築はその副次的効果と説明されている。

 

話か若干逸れたが、要は箕加星達は本来漣家の威葬のように 「咼楽」という妖術を持っているが、純潔の箕加星だけは血と祈りの儀式により、「 咼楽」を失い「栖」を継承し、それにより小国の民達を守る約束を果たしている。小国の民達は守ってもらう代わりに寿命なり食糧なりを提供する。

あるいは「栖」自体に他者から生命を奪う能力があるのかもしれない。他者から生命を奪い、それを使って黒い玄力を生み出して攻撃する。本来、人体では生成保持できない黒い玄力を雫天石への適性によって可能にしている。それが本来の箕加星の能力なのだろう。

そしてそれを取り込んだのが真打ちである。つまり真打ちの特性がそのまま守護者や眷属の能力になっていると考えていいのだろう。

 

いや、もっと単純に自身や小国の民の命ではなく、雫天石の寿命を何らかの形で燃焼させて黒い玄力を生み出しているのかもしれない。要は雫天石のメダルを消耗品として使っているのだ。そう考えれば色々と辻褄が合う。

 

どちらにせよ黒い玄力は雫天石の適性とは別に何らかの犠牲を持って生み出すことができる。逆に言うと何らかの犠牲を伴わなければ生み出せない。座村のように自身の命を犠牲にするか、刳雲のように雫天石の寿命を犠牲にするか、真打ちのように他者から奪うかしかない。そして真打ちは箕加星の能力を参考にして作られている。蜈や蜂などがその代表例だ。コレだけ似ていて、真打ちの他者から生命を奪うという能力が箕加星に無いとは考えにくい。箕加星がかつて日本を支配していたのもそうやって膨大な人口から少しずつ生命を奪っていたからではないか?

「栖」という自分に都合のいい環境を構築し、そこを攻撃する外敵を排除する殺傷能力を備えた能力を使って、自身が生命を奪いやすい環境を構築していたのかもしれない。

 

 

 

カグラバチ 小国が滅んだ理由

過去編が盛り上がりを見せているカグラバチ

その圧倒的な戦闘力と思想から超特急の危険勢力として描かれている小国とその6人の守護者達

負ける所が想像できない小国はいかにして負けたのか?

今日はそこを考察していく

 

 

① 結論

結論から言うと雫天石を奪われ、守護者達が死んだからである。

当たり前と言えば当たり前の話。しかし、重要なのは単に守護者が死んだからではなく、雫天石を奪われたという部分だ。

何故なら彼ら箕加星の守護者達は、自らの眷属とその民達に約束したからだ。「我々は飢えてはならない、敵に石を渡してはならない」と。

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(引用:カグラバチ/外薗健)

 

そして忘れてはならないのが小国は一度降伏し、停戦協定を結んだ事実だ。

その際、「小国を率いていた王家は失脚し」、と説明されている。つまり、小国が滅んだ理由は守護者達が敗れただけでなく、雫天石を奪われた事で眷属とその民達への約束を破ったから王家は失脚し、その結果敗北したのだ。

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(引用:カグラバチ/外薗健)

 

② 白服は誰か?

王家が失脚したので、当然停戦締結しに来たこの白服達は小国の王家ではない。普通に考えたら眷属の実力者達だろう。

彼らからしたら、雫天石を奪われただけでなく守護者達も死んだ今、玉砕特攻するわけにもいかないため、王家に謀反を起こすのは必然の流れである。

つまり、この白服達は6人の守護者やその父親ではなく、王家の眷属または王家の離反者である可能性が高い。

 

③ いつ雫天石を奪われたのか

いつ雫天石を奪われたのかまではわからない。守護者達が死ぬ前なのかもしれないし、後かもしれない。ただ重要なのは妖刀が作られたと言う事である。6本の妖刀が作られたと言う事は、それだけの雫天石を手に入れたと言う事である。しかし、妖刀なしに守護者に勝てるとは思えない。

その為、柴さんのような瞬間移動や透過能力を持つ妖術師が忍び込んで雫天石の一部を奪取し、それを持って妖刀を使ったのではないだろうか?

当然、小国の民達からすると雫天石を渡してはならないという約束を破られたばかりか、その奪われた雫天石によって守護者を失い、侵攻されてるのだから王家に不満が出るだろう。

あるいは、日本に現れた雫天石を使っただけだが、小国の民達は「雫天石を奪われて妖刀を作られたから私たちは攻められてるんだ!」と勘違いして謀反を起こし内部崩壊した。という線も考えられる。

どちらにせよ、妖刀なしで守護者達に勝てるとは思えないので、雫天石を奪われるor日本国内で採掘する→妖刀作成→守護者敗北→約束を破られて滅亡の危機に瀕した事で謀反発生→王家が失脚→小国は降伏

このような流れではないだろうか。

 

④ 剣聖の真実

過去編を読む限り、剣聖が虐殺に踏み切ったのは仕方ない事に思える。人の心の中までは分からないのだから、降伏したとしても心の中では「父や母を殺しやがって!復讐してやる!」と思ってるかもしれない。ましてや相手は1000年にも渡って反日教育されてる連中である。簡単に改心できるとは思えない。

それに相手は生まれながらに雫天石に適正があるばかりか、生活の中に妖術や玄力が当たり前にある民達である。基礎的な戦闘力や妖術の習得に対する適正は日本の民達より高いだろう。一度、彼らが本気になれば日本人と違い小国の民の多くが妖術師になり得ると言える。そのリスクを考慮すれば虐殺は仕方ないとさえ思えるし、約20年に渡って蠱の影響が小国に残り続けているのも、単に妖刀の本領以外にも理由がある気がする。例えば蠱によって敵の生命力を吸い続けない限り敵が復活してしまうとか。

流石にないとは思うが、敵は雫天石を使って海底に人が生きられるような環境を作り、20万都市を作った妖術師だ。呪術廻戦の縛りや命滅契約のようなものを雫天石と結んだ結果、肉体が滅んでも一定の玄力さえあれば復活するというような妖術を使っていても不思議はない。そもそも彼らは意味不明な再生能力を有しているのだ。それが島規模で発生しない確証はない。

蠱がいまだに小国で続いているのは、単に真打ちの本領の暴走や小国の雫天石との相互作用などのイレギュラーではなく、明確な理由のもと剣聖が蠱を続けている可能性はある。

 

⑤ 座村達の違和感

ここまで読むと剣聖の行動には一貫性があるように思える。少なくとも彼は悪を滅し弱者を救おうとしているし、蠱に対する責任を投獄という形で取った。蠱に対する反対意見も受け入れている。つまり、彼は多様な考え方や価値観がある事を知っているし、蠱に対する責任も感じているし、そのためにわざわざ抵抗をやめて他の契約者達に捕まったのだ。

ここまで冷静な人間が単に反日教育だけで虐殺を踏み切るとは思えない。反日教育だけでなく、小国の民の潜在能力や雫天石への適正、思想など、他にまだ明かされていない小国の危険性を見つけたからこそ虐殺に至ったように思える。

 

それとも座村が言うように戦争を経て考え方が変わっただけなのかもしれない。しかし、座村達は剣聖に蠱を起こした理由を聞かなかったのだろうか。聞いて納得できないものなのだろうか?

そもそも停戦協定をした所で、彼らが今後戦争を仕掛けてこない保証はない。元々、雫天石を加工、使用する事に長けている民族なのだから妖刀以上のものを作ってくる可能性は十分にある。

もし、そうなった時に座村達はどうするつもりだったのだろうか?確かに停戦締結後に虐殺するのは許されない事である。しかし、もしその相手が停戦を反故にしようとしていたら?あるいはいつか反故にする可能性があったとしたら?その時、座村達はどうするつもりだったのだろうか。

要は座村達は剣聖が倫理的に悪い事をしたから剣聖に歯向かっただけで、じゃあ自分達はその問題にどうするのか?は見せていない。倫理的な価値観に従う事を優先し、現実に起こっている問題に対処しようとしていない。

 

妖刀封印後もそうだ。戦争後に起こっている問題には見向きもせず、ただ剣聖の虐殺を隠した事をウジウジ悩んでいる。それはそれでいいのだが、やるべき事はあるだろう。己坂はメタボになってるし、漆羽は温泉三昧だし、妖術がなくてもある程度、戦闘できるほど強いのだから何かできる事はあったはずだ。

彼らは剣聖の弱者を救うという一貫性とは真逆の一貫性を持っている。それは倫理的に正しいと思われる事に寄り添う事を優先するということだ。実害に対して行動するという事はあまりしない。それこそ座村くらいかもしれない。国重ですら真打ち対策に淵天を作っただけで、楽座市などの悪に対しては目を瞑っていた。これなら大罪人の汚名を背負ってでも日本や弱者のために戦った剣聖の方がまだ漢気がある。

 

今後はこの辺の精神性についても掘り下げる描写があると嬉しい。

 

 

ヴァンvs平良

 

期待の試合がチャンピオンのヴァンの負傷により、5/10へ延期となった。

非常に残念である。

一方で筆者の不安が和らいだ。筆者の予想では平良の勝利だが、巷で言うほど簡単な相手ではないと思っていた。

 

ヴァンは腰が重いストライカーでリーチがない分、手数や回転力撃ち合いの技術が高い選手でありながら、その間にもTDDできる技術と反応を持つ選手である。

 

平良は完全なグラップラーで打撃は最近、進化しているがモレノ戦を見る感じ、試合中にセンスで調整できる選手ではなく、練習でやった動きを試合中にしっかり出来る選手である。つまり、試合中に相手の癖に合わせた打撃を思い付きでやれるのではなく、その動きを反復して体に染み込ませて動けるようにする選手なのだ。だからモレノの頭の上ばかりを殴って空振りしてしまう。

とはいえ、平良は現フライ級で最高レベルのフィジカルを持ってるのでヴァンでもTDDするのは難しく、テイクできなかったとしてもバックに回れるので、平良有利は覆らない。

 

では何故、筆者が簡単な相手ではないと言ったかと言うと、ヴァンは豪運の持ち主だからだ。笑

真面目な話で、ショートノーティスでタイトルショットを掴み、チャンピオンの負傷で王座奪取。こんな事今までのUFCで一度も無かった。完全に運が味方をしている。だから怖かったのだ。本人達のスペックや相性ではなく、運という自分たちがコントロールできない部分でヴァンに負けているから、平良敗北もあり得ると考えていた。

それにヴァンは1発でKOする力はないものの非常にタフな選手である為、平良がなかなかテイクできなかったり、グラウンドでの支配時間か短かったら豪運を持つヴァンが打撃で支配しているように見せればヴァンの判定勝ちも十分あり得る。

 

しかし、今回の負傷欠場でそれらは無くなったと思う。と言うのも延期が僅か1ヶ月だからだ。1ヶ月の延期で試合ができるなら軽い怪我だろうし、そもそも2週間で2試合したタフな選手がその程度の怪我で欠場してしまうだろうか?

筆者には逃げたように見える。少しでも長い間チャンピオンとして居たいという魔力に負けたように見える。

元々、負傷でチャンピオンになった事に微塵の負い目や無念などなく、素直に金網に登って喜べるタイプなのだから、パントージャ戦の直後に強度の高い練習などしないだろう。とりあえずパーティするタイプだ。

しかし、平良なら翌日から練習するはずだ。このマインドに明確に差がある。そしてここがこの延期を生んだと思っている。

 

自分の力で勝ったわけじゃないのに心から喜べる選手が、自分を追い込める練習を出来るわけがない。しかも2週間で2試合するようなタフガイが僅か1ヶ月で試合できる程度の怪我で欠場するなどあり得ないだろう。それも試合1週間前にそんな怪我をするほど激しい練習をするはずないだろうから、本当に軽い怪我か仮病だろう。

 

そんな人間に運は微笑まない。微笑んでも掴めないだろう。守りに入った人間にチャンスは掴めない。これは両者のマインドに差が出た結果だと思う。

これにより平良の勝ちがより鮮明に想像できるようになった。

日本人初のUFC王者誕生をゴールデンウィーク最終日に見届けられるのも最高だ。

今はこれを楽しみに労働に耐えるとしよう。

 

 

 

マルルが領域展開してる説

 

呪術廻戦≡の考察界隈で、マルルが領域展開をしているという考察があるらしい。

TwitterもといXで見かけた考察だから、何故その人がその仮説を立てたのか、その経緯と経緯の原因となる根拠が述べられていなかった為、詳しい事まで分からないのだが、このマルルの領域展開説について論じていこうと思う。

 

① マルルの領域展開説の概要

この説はどうやら以下の事を説明する為にいくつかの根拠と共に拡散されているようだ。

  1. 摩虎羅vsダブラの強制終了
  2. ダブラの強制送還
  3. マルルの領域展開に関する知識
  4. 地球規模の術式発動

 

①摩虎羅vsダブラの強制終了

憂花を守る為には何らかの形で摩虎羅の調伏の儀を中断する必要がある。

それには

  1. 異分子である虎杖が介入する。
  2. マルルが現生人類から呪力を奪う事で調伏の儀を行なっている十種影法術を強制的に終了させる。

この2つしか考えられなかったわけだ。

そこにマルルの術式効果により、アフリカへ強制転送する事で、調伏の儀の続行を実質的に不可能にする形で摩虎羅vsダブラを終わらせた。

これにより憂花が助かったわけだが、ダブラをアフリカへ強制転送するのが、一部の読者が突拍子の無さを強く感じたらしく、批判めいた感想や「そんなの有り得なくね?どうなってんの?」みたいな意見が出てきたらしい。

それらを補填する為に「マルルが領域展開していたから、そんな不可能な事も実行できてるんだよ?」という形でこの説が拡散されているようだ。

 

②ダブラの強制送還

これについても基本的に上と同様である。調伏の儀を強制終了させる為には、ダブラを十種影法術の調伏の儀の効果範囲外へ引きずり出す必要がある。その為には地球外へ飛ばすのが最も確実な方法なのだが、ダブラをシムリア星へ飛ばしたところで妹にかけられた呪いを何とかしなければ意味がない。その為に黒縄を渡す為に一度アフリカへ飛ばしたわけだが、そのように「アフリカへ、人を飛ばすなんていう荒技が可能なの?」という疑問の解答としてこの説が唱えられている。

 

③マルルの領域展開の知識

加えてマルルがダブラに領域展開の知識を授けた事からマルルには領域展開の知識や技術があると考えられる。そうであるならば、自身が領域展開も可能であろうというのが根拠となっているようだ。

加えてこれだけの効果を発動するには領域の必中効果で作用させていると考える方が自然である。という主張もあるようだ。

 

④地球規模の術式効果

これも①、②と同様で、アフリカへ飛ばしたり、都合よく黒縄が渡されたり、シムリアへ人を飛ばしたり、そんな無茶苦茶な事ができるのはマルルが領域展開を行ない、「領域のバフ」、「乙骨の呪力」、それらをブーストさせる「ムル」を駆使した事で超強力な現実改変を地球規模で行なっているという主張なのである。

 

②マルルの領域展開説の否定的根拠

筆者はこの説には懐疑的だ。というかあり得ないと思っている。根拠はいくつかあり、

  1. マルルの術式は情報も感じ取れる
  2. 元々、宇宙規模の「何でもあり」をやっていた
  3. 髙羽史彦
  4. 必中効果がなくても調和は取れる

 

①マルルの術式は情報も感じ取れる

マルルが領域展開を知っており、それをダブラに伝えた事が、マルル領域展開説の1つの根拠になっているが、まずここから否定したい。

 

そもそもマルルの術式は情報を感じ取れる。その描写は新連載冒頭から最新23話まで一貫して描かれている。

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(引用:呪術廻戦≡/芥見下々、岩崎優次)

 

1枚目の画像のシーンを見てほしい。虎杖は「ノートの内容は入ってるというより、参照してるって感じね」と吹き出し外で呟いている。これはつまり、マルルはノートを読んでないけどその中身を感じ取れているという事である。

 

次に呪術廻戦≡、新連載時の冒頭のシーンの画像を見てほしい。ここではクロスが目を閉じ、何かに集中して何らかの情報を得る為に術式を使っているかの様に受け取れるシーンが挟み込まれ、「なるほど」と呟き、「日本には我々と同じ力を持った人種がいるようです。」「彼らは呪術師と呼ばれています」喋っている。

これも、調和の術式を使う事で調和に必要な情報や障害とその原因、調和に必要な要素を把握する事が可能なのだろう。要は調和という目的を達成する為に必要なものは術式がフルオートで術者であるマルルやクロスに直接情報を送り込むのだろう。秤の座殺博徒のように。

 

つまり、マルルは領域展開を知らなくても、術式が調和を取る為に摩虎羅vsダブラを中断させる必要があると判断したなら、その為に必要な情報や知識をマルルは得る事が可能であり、それを当人であるダブラへテレパシーのように送る事も可能なのだろう。

それにシムリア星は呪術後進国である。領域はおろか反転術式や術式反転、拡張術式に縛りすらも存在しない。過去回想でも領域どころか結界術を使っている描写すらない。そしてダブラの戦闘シーンを見ても術式攻撃と肉弾戦しかしていない。この事からシムリア星に領域を含めた結界術自体が存在していないと考える方が自然である。

 

一応、母船ナウナスクは結界で非術師に見えない様に覆われているが、シムリア星に結界術が見られない事や呪術後進国である事を考えると、これもマルルやクロスの術式によって結界術の知識を地球から仕入れて運用している可能性が高い。

 

それにそもそもマルルが領域を展開できるなら、何故、真剣の時に使わなかった?本人も殺す気でやると言っていたし手加減する余裕なんてなかったはずだ。

百歩譲ってマルルにシムリア星にいた頃から領域展開をする技術と知識があったとして、何故それをマルルしか知らない?

何故、シムリア最強であるダブラがそれを知らない?反転術式や術式反転すら知らない民族の中でただ1人だけ領域を知っているのはあり得ないだろう。

 

これらの事からマルルを含めたシムリア星人は、誰も領域を含めた結界術や反転術式、縛りといった呪術を知らなかった。

しかし、マルルの術式によって地球の情報や知識にアクセスが出来るので、ナウナスクを隠す結界やダブラに領域展開の知識を伝授したと考える方が自然である。

画像の様に領域展開を知らなくても、マルル達は領域展開の知識を仕入れる事ができるのだから、呪術後進国であるシムリア星でマルルだけが領域展開を知っているという矛盾を作る事なくダブラに領域展開の知識を授けた説明が可能なのである。

 

②元々、宇宙規模の「何でもあり」をやっていた

そもそも最初からマルル達の術式は何でもありだ。真剣が言っているように、決闘などで政治を決めて、帆船で移動するような文明が宇宙船を建造できるのか?という疑問がある。それに対する解答はマルル達の術式でしたというのがモジュロの正式な解答である。

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(引用:呪術廻戦≡/芥見下々、岩崎優次)

 

水を沸騰させたり、凍らせたり、植物を急成長させたり、天地を逆転させたり、宇宙船を作ったり、本来、人の一生では辿り着けない地球への旅路を2年に省略させたり、明らかに常軌を逸している。

そう、元々何でもありな術式なのである。地球を目指したのもルメル族にとって共生できる地をマルル達の術式で検索をかけたら地球がヒットし、地球に向かう為に必要な宇宙船の知識を地球やその他の文明がある星から仕入れて建造したりしていたのだろう。

加えて本来どれほどの年月が掛かるか分からない地球への旅路も2年に短縮しているし(マルルが真剣に対して、「私達の術式を駆使しても地球に来るまで2年かかった。」と述べている。この事から調和の術式によって星間航行を2年に短縮していることが分かる。)、日本語での会話も可能だし、マルルが望めば真剣がマルルのいる場所へ真っ直ぐ来れるように誘導する事すら可能なのである。

そう、ダブラへのアフリカへの転送やシムリア星への強制送還など、出来てもおかしくない事ないのだ。ただでさえ何でもありな術式なのに、今では乙骨の呪力とムルで呪力と術式効果にブーストをかけている状態である。別にアフリカへ転送する事など、出来て当たり前であろう。

 

③髙羽史彦

それに我々はもう1人、何でもありな術式を知っている。そう、「超人」である。髙羽の何でもあり、現実改変を思い出せば別にマルル達がしている事は普通の範囲内だろう。

というかマルル達の術式は「超人」の亜種ではないだろうか?

「超人」は髙羽が面白いと思った事を現実にする術式だが、マルル達はそれが混沌と調和に対して働くのだろう。つまり、髙羽が面白いと思った事を現実にするように、マルル達が調和したいと思った事を実現する術式なのだろう。

とは言え、独りよがりな「超人」と違い、調和は誰かと手を取り合う事でしか実現しない。その為、術式が調和を取る為に必要な知識、人、状況などをある程度集めて術者に共有するのだろう。その力を持って地球を知り、日本の呪術師を知り、日本語で会話を行ない、会いたいと思った人に会いに行けるのだ。

髙羽に乙骨の一生分の呪力を与え、その呪力と術式効果を大幅に強化する高純度のムルがあったなら、地球規模で「超人」する事など難なくない事は想像つくだろう。

 

④マルルの術式は対象に当てる必要がない

そもそもマルル達の術式は術式を当てるという概念がない。領域展開説では、領域の必中効果

として、全日本人に調和の術式を必中させ、魂の色を上書きしたや、アフリカ転送を行なったと主張しているが、そもそもそのような術式効果を当てるというタイプの術式ではない。

東堂の不義遊戯や髙羽の超人同様に「ただそうなる」のだ。「超人」や「不義遊戯」同様、必中という概念がない、必中術式なのである。一度発動させたなら、もうそうなるのだ。そもそも必中させるなどという次元の話ではないのである。

もし、本当にそれらに対象となる人や物質に調和の術式を当てることが必要なら、認知症爺さんとの戦闘や、地球への航行にも術式を当てていた事になる。一体どうやって宇宙空間にいるマルルが地球に調和の術式を当てたのだろうか?

もし、ダブラをシムリア星へ送還したあの事象が必中効果であるなら領域の効果範囲は宇宙にまで及んでいる事になる。

このようにマルル達の術式は、調和の術式を対象に当てて、それに対して調和を取るという術式ではなく、調和を現実にする術式なのだ。不義遊戯や超人と同じような術式効果である。

 

③まとめ

マルルが領域展開してる説には、いくつか矛盾がある。

  1. 何故、マルルだけが領域展開を知っているのか?
  2. 呪術後進国のシムリア星で、何故マルル1人だけ高度な結界術の知識と技術を持っているのか?
  3. 何故、真剣との戦いで使わなかったのか
  4. マルルが領域を知らなくても領域の知識を術式によって得る事が可能である
  5. アフリカ転送やシムリア転送も、今までマルルがしてきた事と乙骨の一生分の呪力と高純度のムルがあれば十分可能である

 

という事を作中の描写のみで明確に把握できる以上、この説には否定的にならざるを得ない。

ダブラに領域展開の知識を授けたからと言って、マルルに領域展開の知識と技術がある事の根拠にはならない。何故ならマルルの術式は、外部から仕入れる事が可能だからだ。それは新連載の冒頭でも最新23話でも描かれている。

アフリカやシムリアへの強制転送も領域のバフなどなくても十分可能だ。宇宙船を作ったり、星間飛行を2年に短縮したり、日本語での会話や天地の反転、水の沸騰や氷結など、そもそもがあり得ない事をやっているのだ。今更人2人くらい転送する事などわけないだろう。仮に難しかったとしても、乙骨の一生分の呪力とそれらを強化するムルがあるのだから十分可能だ。

マルル達の術式は混沌と調和を当てる術式ではなく、混沌と調和を現実にする術式である。別に相手に当てるとかそういった概念ですらない。イメージ的は髙羽の「超人」の亜種、調和版「超人」といったところだろう。

そのように捉えると最新23話の描写は突拍子もない内容ではない。きちんと新連載冒頭から読んでいけば、自然な流れで認識できる範囲の描写である。

少なくとも領域展開の技術のない星から来た人が、何故か1人だけ領域展開の技術を持っていいて、何故か自身は戦いにそれを使わず、何故かそれを他人に教えたという矛盾を解決せずに済む。

 

マルルに関しては強化版髙羽であり、強化版「超人」なのである。

優しさのインフレ

近頃、優しさがインフレしている。

 

仕事と家事の両立はもちろん、察する優しさ、手を出さない優しさ、気を利かす優しさ、色んな「犠牲」が「優しさ」と一括りにされ、あまつさえできて当然、出来ない奴は非モテなどと揶揄されている。

曰く、モテ男性は当たり前のようにしていると。そうじゃないなら非モテだと定義されてしまう。それに異を唱えようものなら「だから非モテなんだよ」と炎上や袋叩きのネタにされてしまう。

その人がどういう人間なのかを知る前にどういう思考回路をしているのか、どんなレベルの読解力や対応力を持っているのか、それらをSNSでの反応やネットに転がっている「モラハラ夫の特徴〇個あげてみた!!」などを材料として粗探しをしている。

 

昨今、人々がやっているマウント取りは全てこれに尽きる。

一部のインフルエンサーや芸能人、著名人などの成功者が発信した、一面的で分かりやすく、インパクトがあり、主語が広い意見を「正しい」と思い込み、それをもとに人々をジャッジする。

そうすることで自分が何者でなくても、身近にいる自分より優秀な人の欠点を炙り出し、「コイツはこういう点があるから優秀でも、ダメなやつだわ」と卑屈な自己肯定をすることができる。

「男磨きがどうのこうの」「モテ男が当たり前にやっていること10選」:「ハイスぺ君の落とし方」「こんなやつとは結婚するな」上げ始めたらキリがない。

これらを摂取すると、男磨きをしてない奴は非モテ、こんなやつとは結婚できない、など無意識に先入観が生まれ、人を減点方式で見るようになってしまう。

 

(引用:ジャンケットバンク/著者田中一行)

 

 

そうすることで、人はどんどん自信を失ってしまう。「俺はモテ男の特徴や思考回路を持ち合わせていないからモテないんだ」「私はハイスぺが好きな体系ではないから結婚できないんだ」つまり、モテる人や優秀な人の特徴を並べられた時、その特徴を自分が持っていないならば競争するまでもなく自分が負けていると思ってしまう。

そうして無気力が板につき、異性と話そうと思っても「どうせダメなんだろうな」と後ろ向きな挑戦になってしまい、かえって成功率が下がってしまう。そうやって失敗を重ねていくと、SNSやYouTubeで攻略法を探すようになり、彼らインフルエンサーが開くオンラインサロンなどの餌となり、モテ技術や上辺の特徴ばかり気にして人をジャッジし、自分より劣る部分が一つでもある人を自分の中のカースト制度で自分より下位に置くことで辛うじて平静を保っている薄っぺらい人間が量産されていくのだ。

 

SNSの何者でもない人たちの意見や一面的な価値観や評価に比較されることで、まだ何も挑戦してないのに、何も始めてないのに、まだ何も失敗してないのに、自分の評価が定まってしまう。

例えば、「モテ男は、こういう風な気遣いをしてくれる」という意見が投稿された時、それがインプレ稼ぎのゾンビアカウントによって拡散され、「こういう気遣いできない奴はモテないよね」という流れに移り変わっていく。なぜそのような流れになるのかと言うと、「こういう気遣いできない奴」という「主語」が広いからだ。主語が広ければ当事者が増える。当事者が増えるのでその投稿に反応する人が増える。反応する人が増えるという事はより拡散されやすくなる。そうすればインプレ稼ぎは大成功である。

こうして、主語を広げて当事者を増やした一面的な薄っぺらく、人をカテゴライズする邪悪な意見があなたの目に留まる事になる。そこであなたは考えるわけだ。「俺、こんな気遣いできないわ」と。それつまりあなたは非モテと言うことに繋がる。

こういった無意識かつ、微弱な自己否定に繋がる断定的な意見を毎日目にしてしまうと、人は自分がモテない奴だと思い始め無気力になるようになる。

 

そのような社会に生きていると本当に優しくしたのに気づいてもらえない。いや、もっと優しさを要求されるようになる。「ハイスぺはこんなことをしてくれる」という論調が溢れているからだ。それ故にあなたが行なった優しさは、インプレ稼ぎのSNS上の架空のハイスぺ君と比較され、ないがしろにされてしまう。

 

現代社会は自身と関係のない所で、存在するかもあやふやな架空のハイスぺ君や架空の港区女子と比較される、超比較社会と言える。こんなに比較されるなら何もしない方がいいじゃんと思えてしまうほど疲れる社会なのだ。

人はうわさ話によって集団を生み、統率を作り、他のホモサピエンスを駆逐したらしいが、まさに同じような過程をたどっているように思える。他人が作った架空の「モテ男の特徴10選」を信じ込み、目の前の優しい男性の行動をそれと比較し、有りか無しかで判断する。逆も然りである。

 

人のうわさ話に資本主義を持ち込むべきでなかったのだ。

資本主義さえ入り込まなければ、ただの戯言で済んだ炎上ポストや「モテ男の特徴」が一体いくつあることか。今一度、我々は目を覚まさなければならない。SNSというのはただの戯言なのだと。そこにあるものを真実と思い込んではならない。そこと比較してはならない。そこにあるのはただ資本主義に取りつかれた亡者どもが発する架空の戯言なのだから。

配慮

 

配慮とはなんだろうか?

相手に優しくするのも配慮。厳しくするのも配慮。我慢するのも配慮。

相手に優しくしても「八方美人」と言われることもあるし、厳しくしても「余計なお世話」と言われるし、我慢しても「あなたも何か主張ないの?」と言われる。

 

気遣うとはなんだろうか?

相手を想ってアドバイスをすることも気遣い。相手の話をただ肯定することも気遣い。何もしないことも気遣い。

 

受け手によって形が変わる「配慮」や「気遣い」とはなんだろうか。

元々はお互いが”気遣い合う”ことだったんだと思う。何らかのアドバイスをされた時に嫌な気持ちになったとしたら、アドバイスをした人は悪者になるのだろうか?

 

近頃、腫れ物を触るような距離感で、嫌われない為には傷つけないようにしないといけなくて、傷つけない為にはセンシティブな話はしちゃダメだし、聞いちゃダメ。という距離感や対応しか求められてないし、しちゃダメになっている。

だから踏み込んだ話をすると嫌われてしまう。でも、踏み込んだ関係性で"気遣い合う"事をしていないと、苦しい状況になった時に余計に苦しむし乗り越えられないと思う。

一体いつまで良い人ぶろうとするのだろうか?

受け取り手の主観で決まる事なのに、いつまで受け取り手を慮るのだろうか?

自分の中で最大限慮っていれば、あとは嫌われたり文句を言われたりしても仕方ないのである。

慮られた側も相手を慮っていれば、そうそう不満や怒りを持つ事はないはずだ。だが、今では片方の気遣いしか求められていない。それでは不満を言った者勝ちとなる。

 

俺は配慮が足りないのか?

配慮し過ぎてるのか?

その判断は誰がするのか?

結局、自分の主観の中で最大限慮るしかない。

慮られたものは相手を慮る。

これが本当の配慮だが、現代では実感するのは極めて難しいだろう。

 

言葉は毒にも薬もなる。

ある人にとっては毒でも、別の人にとっては薬となる。

大勢の人にとっては薬でも、少数の人にとっては毒となる。

それも受け取り方次第なのだ。

だからこそ、発信者は相手方を最大限に慮らなければならないし、受け取り手は発信者の発言に伴う責任や勇気や愛情や気遣いを慮らなければならない。

今では”双方”が成り立っていない。発信者と消費者という枠組みしかない。

受け取り手は、ただ自分の快不快で発信者とその発言をジャッジする消費者なのだ。

この「発信者はこういう意図があるのかもしれない」とか「こういう言い回しをするという事は、こういう気遣いをしているんだな」という慮りが、受け取り手にはなくなってきているのだ。

だから一方的に被害者面をする。自分も意図せず人を傷つける発信者になる可能性もあるというのに。