ネタバレ注意!
最新話の内容を含みます!
① 解と捌
宿儺の斬撃は2種類ある
- 解 : 通常の斬撃
- 捌 : 呪力量や強度に応じて一太刀で断つ斬撃
宿儺の領域展開は、呪力のないものには解が、呪力を帯びたものには捌が、絶え間なく浴びせられる。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
ここで重要なのは、呪力のないものには解が浴びせられるという事だ。
② 修正案件?
となればこの描写はおかしい。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
上記の設定なら地面のように呪力のない無機物には捌ではなく解を使わなければならない。
しかし、宿儺は捌を使っている。どういうことだろうか?
- 単にミス
- 捌である理由があった
単にミスであり単行本で修正されるかもしれない。しかし、それで終わっては面白くないのでもう少し深掘ってみる。
捌である理由を考えると、捌の設定には呪力量の他に強度に応じて一太刀で卸すとある。という事は無機物であっても一瞬でバラバラにしたい時は、解よりも捌の方が優れていることになる。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
そのため素直に受け取るなら宿儺は一瞬で足元を崩壊させたかったため解ではなく捌を使ったと考えられる。
一方で解を使うと一瞬で広範囲に狙った規模の崩壊をさせられないのかもしれない。地面がどれくらいの強さで崩壊するか一瞬で判断するのは難しいだろう。呪力のあるものなら呪力量で判断できるかもしれないが巨大な無機物となると簡単ではない。まして真希と虎杖というフィジカルモンスター2体を相手にしているなら尚更である。
③ 解と捌のメリットとデメリット
となると解はいるのか?と疑問に思ってしまう。威力、汎用性、共に捌の方が優れている。そうなると使用する事に何らかの制限や等価交換が起きている可能性がある。
考えられる捌のデメリット
- 呪力の消費量が多い
- 対象や規模によって必要な呪力量が変わる
- 回数制限
- 融通が効かない
恐らく捌は対象の呪力量や強度に応じて自動で刃を調整するため、融通が効かないと考えられる。例えば生け取りや手加減したい時には不向きである。
そして一太刀で卸すという事は言い換えれば、乙骨のようなとんでも呪力量の相手だと莫大な呪力を消費してしまうはずだ。
当然、呪力を使用するという事は使える回数も制限されてしまう。いくら宿儺の呪力量が莫大だとしても乙骨とリカを倒すのに高威力の捌を何度も放てるわけではあるまい。
逆に言うと使いすぎもないはずだ。本人の意思とは無関係に刃を調整するのだから、本当は70の威力で十分なのに100の威力で使う事もない。そう考えると雑魚(少年院呪霊)やそこそこの手練れ(石流)などには効果的だろう。何故なら雑魚には最低限の出力で、手練れには最適な呪力消費で瞬殺できるのだから。
そう考えると宿儺は六眼こそないが術式のポテンシャルにより、六眼のように呪力のロスエネルギーが少ないと言える。
また、自動で調整すると言うのもメリットが大きく、調整する事に神経を使わなくていい。
最適な呪力消費で最大限の効果を得られるわけだから、斬撃の調整に回す集中力を他の事に回せる。戦闘に置いてこの差は非常に大きい。一瞬の判断や決断の遅れ、負け筋がいくつあるかを計算しなければトップ所の勝負では勝てない。
その点、捌は融通こそきかないものの、その分の思考を別のことに回しつつ必殺を放てるので、非常に使い勝手のいい高火力な術式である。
そして宿儺は普段、捌を使っていない。
恐らく、少年院の呪霊や石流に使用した斬撃は解だろう。「3枚に卸したつもりだったがな」という発言は捌を使用していたなら不適切な発言だ。何故なら捌は自動で刃を調整しているのだから3枚が目的なら3枚綺麗に卸せないと捌の意味をなさない。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
勿論、相手が想定以上に強い事を表現する場合にはちょうどいいかもしれないが、それでも捌の設定と石流のような格下を相手にした事を考えれば矛盾が生じてしまう。
つまり捌は
- 対象が強大であればあるほど消費量が増え、消費量が増えるので実質回数制限がある
- 一太刀で卸してしまうので生け取りには向かない
- 自動で調整するため必ず消費分、呪力を使ってしまう
- 自動で調整するため呪力の使いすぎがない、省エネができる
- 他の事に集中しつつ必殺を使える
という斬撃であると言える。
では解はどうだろうか?
- 強さや消費量は調整可能
- 消費量を調整できるので回数も調整できる
通常の斬撃というように、宿儺の斬撃はこれが基本であり、基本であるが故に融通性が高い。生け取りもしやすいだろうし、威力も調整できるだろう。
恐らくだが、宿儺は捌を使わずにわざと解で捌の真似事をしている。普段から解を捌のクオリティで使えるように鍛錬がてら目押しで捌のように一瞬で判断して解の強さを調整しているのだろう。そのためミスも起こるのだ。
少年院の呪霊の時は相手が弱すぎて、石流の時は強すぎて調整を間違えたのだろう。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
アレは捌を使用していれば間違える事はないので、解を使ったと考えて間違いない。そして本人は3枚に卸すつもりと語っているという事は、本人的には、このくらいの威力なら捌と同じ威力だろうと調整したものが、相手の強弱によって捌と同じ結果にならなかったのだろう。
これが宿儺の強みでもある。強力な術式にかまけず鍛錬と術式に対する解釈や研究を怠らない。
普段から解を捌のように使う練習をしておけば解ですら捌のように必殺かつ省エネしながらの使用ができる。それでいて普段から捌のように使っているので無意識レベルで威力と呪力消費の調整ができているので戦闘中も思考に余裕ができる。
④ 結局術式はなんなの?
結局、宿儺の術式は何なのだろうか?
万が宿儺に「御厨子は使わないの?」「あなたの術式以外で触れるなんて!」とキレていた事から、フルネームかどうかはともかく御厨子が術式であると考えていいのだろう。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
そして最新話でも「私を切って切って切って」と語っていた。やはり斬撃が術式と考えてよさそうだ。
そして現在、解と捌のみ■開を唱えずに使用できている事から、やはり斬撃が宿儺の術式なのだろう。
しかし、実はもう一つ■開を唱えずに斬撃以外の術式を使っている描写がある。それが十種影法術だ。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
受肉先の術式だからと言えばそれまでだが、もしここに何らかの法則性があるなら?
つまり、宿儺の術式は斬撃だが御厨子という言葉が棚などの意味を持つ事を考えると、やはり何らかの形で他人の術式を取り込む事が可能なのだろう。
それは術式というよりかは宿儺自身の特性だったりしないだろうか。特性というと天与呪縛が真っ先に思い浮かぶ。
宿儺や万のように受肉先の自我を押し殺している場合、見た目も自分自身に変化することが可能であるという。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
もし、異形という天与呪縛によって複数の術式を保持できるなら、■開を使う時も本来の姿にならなければならないはずだ。そうでなければ呪縛による縛りが成り立たない。
この仮説が正しい場合、自分の見た目を調整できるなら斬撃以外の術式を使う際は、本来の姿に戻らなければならないし、戻らずに■開を使ったと言うことは、あの異形が縛りとして機能していない事を示唆しているのではないだろうか?
つまり、異形によって天与呪縛が発生し、術式を複数持てるのではなく、術式を複数持つ事によりあの異形になったのではないか。ちょうど進化した天元が宿儺のような見た目になったように。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
ひょっとすると宿儺は、伏黒にしたように延々と強力な術式を持つ肉体に受肉していき、やがてあの異形となったのではないだろうか。もしあの異形が後天的なものなら、宿儺の身体にある紋様もその弊害かもしれない。生まれた時からあのような紋様があるというよりかは、受肉先を取り込むたびに身体に紋様が刻まれていくと考えた方が自然だからだ。
そもそも身体が異形でも術式をストックするには脳のメモリという限界値がある。
術式は肉体に刻まれているという説明があったが、こうは考えられないだろうか?「魂に術式が刻まれているから肉体にも術式が刻まれる。」と。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
真人の「肉体は魂の形に引っ張られる」という発言が真実なら?
魂が肉体を作るなら、魂に刻まれているものも肉体に刻まれているはずだ。
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
もし、天元のように魂ごと人を取り込めるなら、その人物が持つ術式は魂にも刻まれるのだから脳のメモリとは関係なく複数の術式をもてるのでは?
その魂を保管しているのが御厨子、つまり宿儺の生得領域なのではないだろうか?
宿儺の術式は斬撃であり、御厨子とは術式名と言うより、宿儺が今まで受肉して奪ってきた術式の刻まれた魂の事をいっているのではないだろうか。
御厨子という言葉に騙されがちだが、領域展開の名前=術式名ではない。
- 無下限呪術は無量空処
- 無為転変は自閉円呑裹
- 十種影法術は嵌合暗翳庭
- 投射呪法は時抱月宮殿
何となく術式を連想させる文字は入っているもののイコールではない。領域名が御厨子だからといって術式名にも御厨子があるとは限らないのだ。
つまり、万が言っていた御厨子とは生得領域の名前であり、術式名ではないと言う事だ。万にとって伏魔御厨子によって切り刻まれても生き残る自信があり、生き残れば愛してくれると何故か思っているのではないか?
(引用:呪術廻戦/著者芥見下々)
この仮説でも矛盾は生じないだろう。我々は宿儺の■開の回答が早く欲しいから御厨子=宿儺の術式=複数の術式を持てる理由が知りたいとなってしまっている。領域を展開しなさいという意味と捉えれば万の発言も矛盾しない。それなら領域展開しなさいと言えば良いという問題が出てくるが…
まとめると
- 宿儺の術式名は御厨子ではない
- 御厨子に術式名につく鉤括弧がついていない
- 生得領域の名前が御厨子である
- 宿儺は受肉する事が可能であり、術式の刻まれた魂を取り込む事ができる
- ■開と唱える事で術式の刻まれた魂を取り出して使用する事ができる
- 魂ごと取り込んでいるので脳のメモリに関係なく術式を使える
憶測に次ぐ憶測なので大した根拠もないのだが、早く答え合わせがしたい。