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ネタバレ注意です!
① Dの意志の正体
結論から言おう。Dの意志の正体は、知性と好奇心であり感動で受け継がれるものである。
まずDの意志を考える上で、受け継がれる意志について考察する必要があるだろう。そこで受け継がれる意志は以下のようにまとめる事ができる。
- 必ずしも物を介して受け継がれるわけではない
- 必ず感動が起きている
- 血縁関係を越えて受け継がれている
- 直接物を介すという一対一の継承ではない
作中では様々な形で意志は受け継がれてきた。しかし、それらは悪魔の実や麦わら帽子のみで受け継がれてきたわけではない。何なら受け継いだ事に無自覚な人物もいる。と言う事は受け継がれる意志とは物を介すことでしか受け継がれないわけではないと言う事だ。
例えばロジャーの意志は、麦わら帽子で託されてるわけではない。
何故なら白ひげが「ロジャーの意志を継ぐ者達がいるように」と複数形で喋っているからだ。
麦わら帽子は一つしかないので複数形であるのはおかしい。そもそもロジャーがラフテルに到達する前からシャンクスに渡していたし、シャンクスもロジャー船長の意志を継いでいけと言ってルフィに託したわけじゃない。
つまり、麦わら帽子は大切なものとして託しはするが、麦わら帽子に800年前からのDの意志が入っているわけではないと言える。
② 受け継がれた意志
作中で意志が受け継がれた代表的なものを以下に挙げる。
- エースの意志
- ヒルルクの意志
- オハラの意志
これらは明確に意志が受け継がれたと言っていいだろう。その時に帽子や悪魔の実、Dの名前などを介していただろうか?
エースの意志を受け継いだサボはエースの帽子で受け継いだわけではない。Dの名前がついてるわけでもDを継いだわけでもない。
メラメラの実を食べたが、それは言わば形見でありゾオン系ではないメラメラの実にエースの意志や人格や魂が宿っているわけではないと思っている。
もしメラメラの実を食べる事でしかエースの意志を受け継げないなら、ドフラミンゴが見つけなければエースとの関係があるサボやルフィの手に渡る事はない。つまり受け継がれない事になる。そしてルフィ自身もフランキーに食べさせようとしていたし、なんなら諦めようとしていた。
本当にメラメラの実にエースの意思が宿るなら、フランキーに食べさせようとしないし、バージェスに取られても仕方ないと割り切ったりしないだろう。
ヒルルクの意志はチョッパーとドルトン、くれはが受け継いだと思っている。ドルトンは物理的に何かを貰ったわけではない、くれはも同様だ。しかし、「人が死ぬ時は人に忘れられた時さ」という言葉に感動したドルトンは無謀と知りつつも立ち上がった。くれはも感動なんかで病気が治らないと知りつつも最後は感動を起こした。
オハラの意志も同様だ。あれだけの大虐殺に身体を焼かれていながらサウロはトラウマの残るオハラに戻り、文献を拾い上げてベガパンクが研究を受け継いだ。サウロはオリビアから物理的に何かを受け取った訳ではない。しかし、オリビアやクローバー博士の意志を継ぎ、文献を回収しにきたし、ドラゴンもオハラの意志を無駄にしないため革命軍を結成した。
ベガパンクも花を手向けに来ただけだが、オハラの学者の覚悟と行動を見て涙を流し研究を引き継いだ。これはヒルルクとドルトンの関係に並んで最も明確に感動によって意志が受け継がれた描写と言えるだろう。
ここまで受け継がれる意志というワードを出しているのに、作中で意思が受け継がれた時は、帽子や悪魔の実や血縁を介していない。これは、受け継がれる意志とは、物体ではないもので受け継がれていると言っていい。
まとめると受け継がれる意志は作中で、
- 意志が受け継がれた時は物を介して受け継がれていない
- 自身を象徴するものを託してないし、受け継いだ人間が他人に渡そうとしている。(メラメラの実を他人に食べさせようとしたり、ロジャーも二角帽子を渡していない)
- 死を目の当たりにしたり、言葉で聞いたりして託されて、心を動かされている、意志を汲まれている。
上記のように描写されていると言える。それならDの意志も上記のような形で受け継がれていると考えていい。
もちろん、何かを渡す事で意志を継ぐというのはよくある話だ。キングダムなどがその最たる例だろう。なので筆者も麦わら帽子で受け継ぐというのを全面否定しているわけではない。
しかし、それはあくまでアイテムであり、麦わら帽子に意志が宿っているという話ではないという事だ。
では、何を媒体にして意志を繋いでいるのか?
それは感動である。
③ チ。地球の運動について
ここで1つの漫画作品を紹介させてもらう。地球を中心として宇宙が回っているとする天動説が常識の世界で、太陽を中心にして地球が回っているとする地動説を研究していた異端者の物語である「チ。ー地球の運動についてー」だ。
地動説の弾圧を描いたこの作品では、頻繁に「感動」という言葉が出てくる。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
この作品では地動説の研究は異端とされ、拷問され、迫害され、弾圧され、処刑される。それでもなお真理を知りたいという人の知性への欲求が研究へ駆り立てる。そんな話である。
実は作中で3回、明確に地動説は抹消された。研究者は処刑され、資料も焼かれ、断絶した。しかし、その度に人の飽くなき好奇心と、わずかに残された感動が人々を動かし、やがて復活するというストーリーだ。復活のきっかけはいつも「感動」である。
以下の写真を読んでほしい。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「復元されるのは君の文章だ。君の文章は論文としての価値はないが、それ故に伝わる可能性は高いだろう。」
「伝わる?何が?」
「感動だ。それさえ残せれば後は自然と立ち上がる。この世に何かを残して全く知らない他者に投げるのは私にとって無意味で無価値だが、それを無価値だと判断しない領域もあるそうだ。例えば歴史がそうらしい」
どれだけ優れた内容の理論でも人々が感動、(この場合納得と言った方がいいかもしれない)しなければ誰も受け継ごうとは思わないのだ。そのためこの作中では皆、命をかけて、いや命を捨ててまで感動を残した。地動説の詳しい内容よりも優先して。そしてその度に地動説は再び立ち上がり、やがて世界を変えた。
上記のシーンは地動説の研究がバレて、拷問され、死刑にされるシーンだ。彼らは捕まった時に備えて地動説に関する文章を残していた。しかし、それは地動説の理論ではなく、地動説を受け継いできた者達の物語だったのだ。何故、地動説の理論でなく物語を残したのか?それは感動するからだ。写真の中で喋っているように、いかに抹消されても感動さえ残せればその行為や思想や研究は自然と立ち上がるのだ。
以下の写真を読んでほしい。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
これはその物語が受け継がれたシーンだ。
「私は今ルクレティウス(1500年前の詩)を読んでいる。何故なら伝え書き残した誰かがいたからだ。もしバテーニさんの研究がどこかで生き残っていて伝え書き残されるべきものだとしたら?」
この作品のように、人はどれだけ弾圧されても感動すれば危険にだって突き進むのだ。
ONE PIECEでも同じ事が言える。
海賊王ロジャーが死の間際に放った一言で大海賊時代が幕を開け、その時代をロジャーの息子であるエースの処刑とロジャー時代からの海賊の象徴である白ひげ海賊団の敗北によって政府は、大海賊時代を終わらせようとした。
しかし、命の最後を悟った白ひげの死に際の一言により、ロジャーが始めてエースの死で終わるはずだった大海賊時代は再び繋がれた。
あの時、あの瞬間、白ひげの放ったあの言葉に感動したのは筆者だけではあるまい。それはONE PIECEが実在するという事実とそれによって、「うおおお!やっぱりあるんだ!!」となった感動によって人々は動かされたのだ。
もし、白ひげがロジャーの意志を継いでいなかったら死の間際にあの一言を言うことはないだろう。
もう一度白ひげの言葉を思い出して欲しい。
「血縁を断てど、あいつらの炎は消えることはねえ、そうやって遠い昔から脈々と受け継がれてきた、誰かが見つけ出す、その日必ず来る、ワンピースは実在する」
血縁という最も濃い繋がりを消しても消える事なく受け継がれて来たと言っている。それが麦わら帽子や悪魔の実といったもので受け継がれると思えるだろうか?
もっと壮大で普遍的で不滅的な何かで受け継がれていくと考えた方がしっくりくる。寿命よりも長く、物を介すという一対一でしか受け継がれないものではなく、伝染力が強く、多くの人々を動かす普遍的なもの。つまり感動である。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「感動は寿命の長さよりも大切なものだと思う。だから僕の命にかえてでもこの感動を生き残らす。」
「正気じゃない。訳のわからないものに熱中して、命すら投げる。そんな状態を狂気と言うとは思わないのか?!」
「確かに。でもそんなのを、愛とも言えそうです。」
なぜ筆者がここまで感動にこだわるのか?それは創作物は、共感や承認、笑いや涙、奮起などの感動を与えるからだ。
感動というとフワッとしてるし、「Dの意志が感動で受け継がれる?」「麦わら帽子じゃないの?」と多くの人が思うだろう。しかし、ONE PIECEという作品は創作物である。映画や歌、絵画などの多くの創作物が制作者の想いや心情などを作品を通して表現しているように「自分の想いを伝えたい」「自分を表現して共感されたい」「受け入れてほしい」「こんな世界になってほしい」という願いが込められている。すなわち感動を通して何かを伝えたい、表現したい、世界を変えたいという願いがあるのだ。言ってしまうと感動は、人生や世界の未来を変えるほどの力を持つ。
全ての物語は自分の想いを知ってほしい、人の助けになりたい、楽しませたいなどの目的がある。つまり、尾田先生にもONE PIECEという作品を通して伝えたい何かが、起こしたい何かがあるはずだ。あれだけの大作を描く人が伏線を回収して最後が面白いだけの漫画で満足できるとは思えない。作品を通して読者の心に感動を残したいはずだ。
そして実際に、ONE PIECE作中で感動によって奇跡が起こった話がある。それがヒルルクだ。
「これが奇跡!これは立派な医学だ、感動によって男の体に何らかの変化がおきた。治らないと言われた病が治ったんだ!!だからこの世に治せない病気なんてない!誰がどう言おうとも俺は医者としてこの国を救ってみせる!!」
このセリフで言っているようにヒルルクは医者としては最低だが、彼なりの方法で国を病気から救おうとしていた。
その方法として彼が選んだのは感動だった。つまり、ONE PIECE作中でも感動が人々を変え、立ち上がらせ、世界を救えるものという事が描写されているのだ。
④ 人の夢と好奇心
作中での最重要ワードである
- 受け継がれる意志
- 人の夢
- 時代のうねり
「人が自由の答えを求める限り、それらは決して止まらない。」
この文章を読む限り、「人の夢とは言い換えれば自由の答えであり、それを求める限り、つまり好奇心や探究心がある限り、時代のうねりは止まらない」と言えるのではないだろうか?
実際、クローバー博士などは処刑されると分かっていても歴史の探究をやめることはなかった。政府はバスターコールでオハラを見せしめにする事で空白の100年の研究を辞めさせようとしたが、サウロが文献を拾い上げ、ベガパンクが受け継ぎ研究しているように、人の好奇心は探究心は、感動は止められないのだ。
政府が相手にしているのは、もっと言うなら政府が弾圧や抑圧を行い続ける限り、それに抗う好奇心や探究心は一時的に消えても再び生まれ、感動によって繋がれていくと言える。そう言う意味ではある意味ONE PIECEという物語は必然の物語と言える。何故なら政府が弾圧する限り何度でも海賊やクローバー博士のような人間は生まれるからだ。
以下の写真を読んでほしい
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「敵は手強いですよ。あなた方が相手にしているのは僕じゃない。異端者でもない。ある種の想像力であり、好奇心であり、知性だ。あれは流行り病のように増殖する。宿主さえ制御不能だ。一組織が手懐けられるほどかわいげのあるものじゃない。」
この写真で言っているように、天動説が敵にしているのは主人公でも異端者でもなく、人の本能に備わっている好奇心であり知性である。そして知性や好奇心はどれだけ弾圧しても再び生まれ増殖していく、それを止める手立てはない。
筆者が考えるにDの意志も同じように言えるのではないだろうか?
人の夢とは言わば好奇心や欲望であり、人が存在する限り消える事はない。ベガパンク自身も欲は制御できないと語っていた。
どんな弾圧が起きても自然と立ち上がるものなのだ。だから決して止まらないとロジャーも語っていたのだ。理屈ではない。人の本能、心、魂なのだ。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「何故、異端が現れるのか?善良に生きていれば天国へ行けるのに。悪魔に頭をおかしくされたなら分かる。だがまともな奴もいる。一体どういう理屈だ?どういう動機だ?悪魔以外の理由があるなら、君らは何故存在する?」
「迂闊にも憧れて求めてしまったからだと思います。」
「何を?」
「自由を」
この写真で言っているようにどれだけ弾圧しても異端は生まれてくる。悪魔に取り憑かれたように気が触れている人間ばかりではない。まともなのに異端になるその理由は自由の答えを求めているからだ。人の夢、すなわち好奇心は理屈ではないからこそ、何度でも生まれるし、受け継がれていくと言える。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「これは最も重要な解放活動だと言える。つまり、情報を解放するのだ。」
「今、我々の世界では情報は監禁されている。権威による本の検閲に始まり、共同体での相互監視。果ては自ら忖度し口を噤んでいる。」
「情報の自由度が社会の自由度に繋がる。そういった開かれた場で多様な意見が集まってこそ理性は磨かれる。そこで情報を解放し、自由を与えるのが重要なのだ。」
これはONE PIECEでも同じ事が言える。世界政府によりポーネグリフの解読の禁止や空白の100年の研究の制限など情報は半ば監禁されている。この情報を解放し、自由を与え、市民の力になろうとしているのが革命軍だろう。この自由の答えは未知に対する好奇心や、弾圧に対する反抗から生まれるといっていい。
⑤ Dの意志とは
これまで受け継がれる意志について論じてきた。この事から受け継がれる意志とは
- 物を介して受け継がれるとは限らない
- 必ず感動が起きている
といえる。
しかし、これらは意志がどうやって受け継がれたかの結論に過ぎない。肝心のDの意志とはなんなのか?これが具体的に見えてこないのだ。
それを考える上で重要な2人の登場人物が存在する。
- ルフィ
- ロジャー
作中でこの2人は明確にDの意志を持つ者だと考えていいだろう。彼らの共通点を挙げていく。
- 自由が大好き
- 好奇心が強い
- 面白い人柄
- Dの意志を知らない、または無自覚である
この辺りだろうか。
2人とも自由が好きで好奇心に忠実で人を惹きつける人柄である。そして恐らく自身がDの意志を継いでいる事に無自覚である。
- ロジャーは世界をひっくり返すために冒険を始めたが、それは恐らく成り上がって名声を得るという事であり、空白の100年を知っていたからではない。何故なら空白の100年や20年後の未来のために行動を始めたのはラフテルに辿り着いて世界の全てを知った後からだ。
- ルフィもそういったものとは無縁であり全く自覚していないように見える。古代兵器すら興味ねえよと一蹴するくらいだ。Dの意志を受け継いでいる事を自覚しているとは思えない。シャンクスの過去回想の中、岸辺で麦わら帽子を手にもって何かを語っているシーンがあったが、仮にDの意志について何かを話したとしてもルフィの性格上受け継ぐとは思えないし、子供に意志を押し付ける人物とは思えないし、自由の物語ではなくなってしまう。
これらの事からDの意志を受け継いでいる人物は受け継いでいる事に無自覚と言える。
そしてDの意志を受け継いでいる人物に直接的な繋がりが無いことが大きな考察ポイントだ。恐らくDの意志を受け継いでいたロジャーは直接前任者から受け継いだ描写はなく、Dの意志を受け継いでいるルフィも前任者であるロジャーから受け継いだ描写がない。
この事から、Dの意志とは前任者から口伝で伝えられるものでも、直接出会って受け継ぐわけでもないことがわかる。
これはDの意志は受け継がれていないと言える。というよりそもそも受け継がれるようなものではないのではないか?
ヒルルクやオハラの意志は受け継がれる意志だが、Dの意志は受け継がれるというより新たに生まれるものなのであり、それらは共通の思想であるのだろう。
つまりDの意志とは受け継がれる意志とは異なる形で存在しているのではないだろうか?それが好奇心や知性だと筆者は思っている。
ここで1つ、考察を紹介したい
ジャベさんというYouTubeで活動されてる考察者さんだ。
[ワンピース考察]体験が血統因子に記憶されたら…この一コマがめちゃくちゃ重要?!|ワンピースネタバレ
彼の考察では「体験は血統因子に記憶される」というベガパンクの発言から深く踏み込み、人一倍強い好奇心と諦めない心を備える血統因子を持った一族がいた、それがDの一族であるという考察だ。
詳しくはリンク先から動画を見て欲しいが、体験は血統因子に記憶されるということは、「共通の体験を有する血統因子を持っている」と言い換えられる。ロジャーが経験したことが血統因子に記憶され、それがルフィにもあるとしたら似た言動になるのも納得である。
過去に存在したジョイボーイなどの体験が血統因子に記憶されており、それ故に時折ジョイボーイと似たような思想を持つ人物が生まれるのではないか?それがDの意志ではないだろうか。同じDの名を持つので共通の遺伝子を持っていてもおかしくない、それが共通の体験を記憶した血統因子なら尚更である。
特にあの世界は魚人と巨人族のハーフや人間と三つ目族のハーフなどが存在するため、ジョイボーイが例えば巨人であったとしても異種族である人間のルフィやロジャーに、ジョイボーイの体験を記憶した血統因子があってもおかしくない。
Dの意志とは言わば好奇心や知性への欲求であり、本能的なものである。それ故に弾圧されても抹消されても再び生まれてくる。しかし、それだとDである必要がないのだ。それを補うのがジャベさんの考察である。
Dの一族はしばしば歴史に名を挙げるというセンゴクのセリフがあったように、恐らくこの800年間でロジャーやロックスやガープ、ルフィ以外のDが登場し、名を挙げていたのだろう。それを単に偶然の一致と捉えて良いが、ジャベさんの言うように、Dという一族の血統因子にそのような要素が備わっていたら?ルフィやロジャーのような人物が生まれるのは必然だし、無自覚にも納得できる。
ロジャーの体験が血統因子に記憶されるなら、同じ時代を生きて同じ体験をしたガープの血統因子にその体験が刻まれることでロジャーにそっくりなルフィが生まれた。
あるいは、ロジャーやルフィとそっくりな人物がはるか前に存在し、その人物の体験が血統因子に刻まれてルフィやロジャーに受け継がれているからルフィとロジャーはそっくりな人物像になったのどちらかだろう。
そう考えると納得いく描写が存在する。
ルフィとガープとエースだ。この三人は会話の途中で居眠りしてしまうが、ルフィとエースに血縁関係はないのに同じ現象が起きているのはおかしい。
もし、三人とも直接的な血の繋がりはなくても同じ血統因子を持っているなら三人とも同じタイミングで居眠りするのも納得である。
勘違いして欲しくないのは血統因子に初代Dの人物やジョイボーイやニカの意志や人格が宿っているとか、血統因子に宿るジョイボーイの意志や人格に乗っ取られていると言う話ではない。あくまで部分的に共通の遺伝子があるので、思想が似るのではないかという話だ。
あくまで人格はルフィやロジャー本人だし、ワンピースを見つけた結果に出す答えがロジャーやジョイボーイと同じとは限らない。これはレイリーもそう答えていた。あくまで似たような性質を持っているだけで、乗っ取り現象が起きているわけではない。
そして重要なのは、作中最重要人物(筆者がこのブログで言っているだけだが) Dr.くれはがルフィを見て「生きていたのか、Dの意志は」と語っている事だ。
ルフィ自身やロジャー自身から言っているわけではない。つまりDの意志とは受け継いでいる本人は無自覚であり、知っている人間から見た時に初めて受け継いでいる事が分かるものだという事だ。これは行動原理が本能的なものだから自分自身がDの意志を受け継いで行動していると自覚できないのだ。ちょっと冷たい言い方だが、Dの意志は、Dの行動原理に名前を付けたものだといえる。
「遺伝子で性格や思想、生き方などの方向性がある程度決まるの?」「家庭環境や人間関係じゃないの?」と思う方が多いだろう。そこで以下の記事を読んでほしい。
https://www.moneypost.jp/824125
【遺伝率一覧表】知識社会における「遺伝ガチャ」の真実 知能だけでなくやる気や集中力にも遺伝が影響 ※橘玲・著『無理ゲー社会』(小学館新書)より抜粋して再構成
これは外見や性格、精神疾患などは遺伝率(遺伝子)と共有環境(家庭環境)と非共有環境(友人関係、学校などの集団環境)の3つのうちどの影響が最も強いかを研究したデータだ。
この研究によると集中力、やる気などの半分は遺伝であり、残りの半分は非共有環境、つまり友人関係や学校などの集団生活で形成される事になる。つまり、人の性格や行動原理などの半分は遺伝で決まってしまうのだ。
(引用:
https://www.moneypost.jp/824125
【遺伝率一覧表】知識社会における「遺伝ガチャ」の真実 知能だけでなくやる気や集中力にも遺伝が影響)
行動遺伝学を語るときに欠かせないのが、2000年に行動遺伝学者エリック・タークハイマーが発表した「3原則」だ。
第1原則:ヒトの行動特性はすべて遺伝的である
第2原則:同じ家族で育てられた影響は遺伝子の影響より小さい
第3原則:複雑なヒトの行動特性のばらつきのかなりの部分が遺伝子や家族では説明できない行動遺伝学がしばしば「遺伝決定論」だと誤解されるのは、第1原則(遺伝の影響は広範に及んでいる)と第2原則(子育ての影響とされているものの多くは親から子への遺伝である)しか見ていないからだ。
より重要なのは第3原則で、「個性(わたしらしさ)には遺伝と子育て以外のなにかが強く影響している」とする。この“なにか(ファクターX)”が「非共有環境」だ。
行動遺伝学では、「こころ」を「遺伝率+共有環境+非共有環境」で説明する。
遺伝率は外見、性格、精神疾患などのさまざまなばらつき(分散)を遺伝要因でどれだけ説明できるかの指標で、身長や体重ではおよそ70~80%になる。
共有環境は「きょうだいが同じ影響を受ける環境」のことで、一般には家庭環境(子育て)とされている。
非共有環境は、当初は遺伝率と共有環境で説明できない「測定誤差」とされていたが、その値がきわめて大きいために「きょうだいが異なる影響を受ける環境」と定義し直された。
家庭内の非共有環境としては、「家族構成(生まれ順、性差)」「きょうだい関係(きょうだいへの嫉妬)」「子育て(子どもへの愛情のちがい)」などがあるが、きょうだいで親の接し方が異なるのは子どもの遺伝的特性によるかもしれない(手のかからない子どもにはやさしくし、手のかかる子どもはきびしくしつける)。
この理屈が研究によって正しいデータである以上、ジョイボーイの体験が記憶された血統因子によってある程度ルフィやロジャーの思考や人柄が似たようなものになるのも納得せざるを得ないだろう。
人の性格形成に遺伝子の影響が多い事が分かり、ルフィとエースの類似点やロジャーとの類似点を考えれば、Dの血統因子に何か秘密がある可能性は高い。
しかし、元々筆者は似てはいるものの異なるアプローチからDの意志を考えていた。
筆者は、Dの意志とは無自覚に受け継いでいるものであり、血縁を断てど受け継がれるので、人の本能という普遍的で不滅的なものでなければ説明がつかないという仮説からスタートした。
本能である好奇心や知性がDの意志であり、作中で受け継がれた意志を振り返った時に麦わら帽子も悪魔の実も介さずに感動によって受け継がれている事から、Dの意志とは好奇心と知性であり、それらは感動によって受け継がれている、感動によって広がっていくと考察した。
そもそも、感動は死ななければ残せないわけではない。歌や映画、物語、家族からの一言や恩師の助言、友人の魂の叫びなど様々な形で、様々なタイミングで我々は感動に直面する、いや、感動する、してしまう。Dの意志は似たような思想にたどり着く血統因子から生まれるかもしれないが最終的に世界を変えるのは、世界と戦うDの意志を目の当たりにすることで、感動が広がり、立ち上がった世界中の人々なのではないだろうか。
⑥ 何故歴史が重要なのか
筆者は中学と高校の地理歴史公民社会科の教員免許を持っているのだが、よく言われるのが「歴史とか知ってても意味ねぇじゃん」と言う言葉だ。もっともな意見だが、歴史の教員にはこのような格言がある、「歴史を知れば未来が見える」どういうことか?
歴史は繰り返すというように、人は度々大きな過ちを犯す。しかし、それを自覚し反省し、次に活かす事でより良いものになっていく。そして過去の過ちを知っていれば再び同じ事が起こりそうになった時に回避できる。
例えばシビリアンコントロールがそうだろう。軍部の暴走でクーデターや軍事政権が樹立したりするのを防ぐため軍の最高指揮官は軍人ではなく文官がやるというもので、これも過去の過ちから学んだものだ。
以下の写真を読んでほしい。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「文明や理性の名の下では神の名の下とは比べ物にならない大虐殺が起こる。神を失ったら人は迷い続ける。」
「でも迷いの中に倫理がある。私だってこれから平和が訪れるとは思ってない。大量死の時代が来るかもしれない。でもその責任は神じゃなく人が引き受ける。だからそこには罪と救いではなく、反省と自立がある。」
「そうやって苦しみを味わった知性は十分迷うことのできる知性になる。異常な技術も乗りこなせる知性になる。」
筆者は以前、プルトンはミンク族を使って動かしたり、ゴロゴロの実が必要だったりという考察を否定した。
過去の記事でも述べているが、プルトンは暴走の可能性がある兵器だ。
例えば国が滅んでも雷ぞうを渡さなかったミンク族が暴走させるような人物に手を貸すだろうか?光月家と兄弟分のミンク族を奴隷のように扱う兵器を作るだろうか?
そして最大の理由として、誰が乗っても動かす事ができるから暴走するのではないか?と考察した。実際ウォーターセブン編でも、「存在することは罪にならねえ」というセリフが出たように、兵器は存在するのが悪いのではなく、それを扱うものに左右されるのだ。そうでなければウォーターセブン編でトムさんやフランキーの過去回想を描写する意味がない。つまり、誰が乗っても動かせるからこそ暴走の危険があるし、誰でも動かせるからこそ抵抗勢力として成立しうると考察した。つまり正しく使えば世界を夜明けに導く事にも繋がる兵器にもなると。
筆者のこの想いを上記の写真は説明してくれている。そしてクローバー博士も同様の事を言っている。
ジョイボーイ達は古代兵器を使って世界をひっくり返せと言っているのではなく、過去の過ちを知り、暴走させないように上手く扱えと言いたいのではないだろうか。そのために歴史を知れと言っているのではないだろうか。
⑦ 2つのDと答え合わせ
ルフィやロジャーはジョイボーイの意志を受け継いでいる。というよりDの一族に2人のような人物像になるような要素が血統因子にある可能性がある。だとしたら考えないといけないのは反対の思想を持つDの一族がいる事だろう。黒ひげやロックスが代表例だ。
ではDの意志は2つあるのか?答えはNOだと思っている。
もちろん、夜明けを意味するDAWNと、宵闇のDUSKで2種類のDがいる方がスッキリするし、物語としても面白い。しかし、気にすべき点としてレイリーが「我々が導き出した答えと同じとは限らない。」と発言していた事だ。これは900年前から答えは「お前達で決めろ」と託されている事に他ならない。つまり、敗れたであろう巨大な王国やジョイボーイ達は、世界をひっくり返して欲しい、無念を晴らして欲しいと思ってないのではないか?
世界をひっくり返すだけの、真実と武器は残すけど、どうやってひっくり返すか、どのような世界にしたいかはお前達で決めろ、決めていいぞとジョイボーイ達は言っているのではないか?
何故ならルフィがプルトンに乗って島を吹き飛ばしたり、ポセイドンを使って世界を海に沈めたりしてるところは想像できない。これはつまりジョイボーイ達が用意した、想定した未来ではないという事だ。
そして黒ひげやロックスのようなDが現れる事も含めて自由にやれと、お前らなりの答えを出せと言っているように思えるのだ。
以下の写真を読んでほしい。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「地動説に関わった人は自分以外に託すという姿勢に希望を見出してた。託したとしても他人が自分の思い通りに受け継ぐか分からない。それどころか思いもよらない反論をされる可能性すらある。でもそうやって反論されたり訂正される事が託す事の本質で、自分の思い通りにいかない誤解とか、事故とか、予想外の存在とか、教徒にとっての異端者が、天動説にとっての地動説が、そういった他者が引き起こす捻れが現状を前に向かわせる希望なのかもしれない。」
ここで言っているように、託した相手が自分の望み通りに動いてくれるかは分からない。しかし、その望み通りじゃない行動にこそ希望があるのだ。望み通りの行動じゃないその中に想像もつかないような方法で、想定を超えるほど良い未来が達成されるかもしれない。このシーンではそのように言っている。
それはDUSKのDも含めて、黒ひげやロックスの暴走や行動も含めてジョイボーイたちは答えを未来に託したのではないだろうか。
夜明けのD、宵闇のD、2系統生まれるのもある意味必然なのだろう。そういった予想外の形で受け継がれてきた異分子さえも理解し受け入れて乗り越えることで、世界はより良いものになっていく。誰一人、歴史から外れていい人間など存在しない。正義も悪もひっくるめて一つの時代なのだ。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「僕らはたまたまこの時代に生まれた。別の時代でも良かったのにこの時代だった。それは偶然で無意味で適当なことで、つまり奇跡的で運命的な事だ。」
「僕は同じ思想に生まれるよりも、同じ時代に生まれることの方がよっぽど近いと思う。だから感情や理屈に否定されても、ここに生きた全員はたとえ殺し合うほど憎んでも同じ時代を作った仲間な気がする。」
先ほども述べたが、本人も古代兵器に興味はないと言ってるようにルフィが古代兵器を使うところは想像できない。つまり、ルフィはジョイボーイやロジャー、そして世界政府と同じ答えを出さないと言う事だ。
恐らくだが、世界の全てを知ったルフィは世界に戦いを挑むだろう。しかし、そのやり方や思想はジョイボーイが後世に託したものと同じではない。ルフィなりの答えを導き出して戦うはずだ。その姿勢に感動した人々が900年前と同様に大きな時代のうねりとなって戦いに参加するのだろう。
善と悪、夜明けのDと宵闇のDが別れて存在するのではない。悪を理解し受け入れ、反省し、受容して少しずつ善へにじり寄る。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「今を生きる人には過去の全てが含まれてる。何故、人は歴史を見い出すのか?それは神が人に学びを与えるためだ。悪を捨象せず、飲み込んで、直面する事で、より大きな善が生まれることもある。」
「善と悪、二つの道があるのではなく、全ては一つの線の上で繋がっている。でも歴史を切り離すと人は死んだら終わりだと怯えるようになる。だから過去を無視すれば道に迷う。」
「人が生まれる意味は、善への企てに、その試行錯誤に、鈍く果てしないにじり寄りに参加する事だと思う。」
ジョイボーイやロジャー達はこれを期待しているのではないだろうか。だからクローバー博士に「過去がどうあれ、それが人間が作ったものならば受け入れるべきじゃ!恐れず全てを知れば何が起きても対策が打てる」と喋らせたのだ。
善と悪で白黒つける物語ではなく、それらを受け入れてより良い方向へ進んでいく。その為の戦いが、世界を巻き込む巨大な戦いなのではないだろうか。
⑧ まとめ
- 受け継がれる意志とは、麦わら帽子や悪魔の実ではなく感動で受け継がれるものである。
- 感動は寿命の長さよりも大切で、普遍的で不滅的なもので伝染力が強く、麦わら帽子や悪魔の実のように一対一の継承ではないため、世界を動かす事ができる。
- Dの意志は、人の本能に刻まれている好奇心や知性である。そのため何度弾圧し、根絶やしにしても何度でも生まれてくる。
- 人一倍強い好奇心と諦めない心を発現する血統因子を持った者達がDの一族である。本能が行動原理になっているので本人は無自覚である。
- 世界を相手にして戦うDの意志を目の当たりにした人々は感動し立ち上がる。つまり、受け継がれていく。
- 夜明けのDと宵闇のDがいるのは、多様性を尊重しているからである。善のDと悪のDに別れているのではなく、悪を理解し、受け入れていくことで、より良い善になる、より良い善を目指せとジョイボーイ達は後世に託した
ONE PIECEの死生観は2つある。
ルフィの「死んだら骨だけ」とロジャーやヒルルクの「人に忘れられた時に人は死ぬ」この2つだ。
人に忘れられないためにどうするか?
ここで「チ。-地球の運動について-」から一節紹介したい。
「我々の組織理念とは何か。この世界の風通しを良くすることだ。既存秩序と対峙し新たな地平を次世代に拡げることだ。その為にどうするか。どんな雄弁も語りを止めれば声は消える。どんな支柱も時が経てばいつか朽ちる。」
「だが、我々は方法を知った。信念を固定化し、思想を可視化し、瞬間を永遠に移し、"今"を遠い場所へ、遥かな未来へ、または誰かの所へ、届くようにする方法を。」
「この方法は強烈だ。既存秩序を破壊し階級を解体する力を持つ。」
「我々はそれを実行する。これより出版活動を開始する」
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
その方法とは何か?
文字に残す事だ。
(引用:チ。地球の運動について/著者魚豊)
「文字が読めるってどんな感じなんですか?」
「文字はまるで奇跡ですよ。」
「2000年前の情報に涙が流れる事も、1000年前の噂話に笑うこともある。そんなの信じられますか?」
「私達の人生はどうしようもなくこの時代に閉じ込められてる。でも文字を読む時だけは、かつていた偉人達が口を聞いてくれる、この世界から抜け出せる。文字になった思考はこの世に残って、ずっと未来の誰かを動かす事だってある。」
「そんなの、まるで奇跡じゃないですか。」
これはまさにポーネグリフと言えるだろう。口で伝えるだけではいずれ消える。しかし、文字に残せば消える事はない。そしてその内容も世界の真実と共に感動するような内容が刻まれているのではないだろうか?
ロジャー達が笑ったように。
(筆者の描き起こしイラスト)
意志を汲み取ってくれる人が1人でもいたら遠い未来の誰かを動かす事ができる。自分の想像を超える形でより良い世界に繋がるかもしれない。もっと悪い方向に行くかもしれない。しかし、悪を捨てず、受け入れて、理解して、反省して、善へにじりよって欲しい。そういう願いをジョイボーイ達はポーネグリフに託したのではないだろうか?
世界の全てを知ったロジャーと正反対の死生観をもつルフィはきっとロジャーやジョイボーイとも違う答えを見せてくれるはずだ。
以上が筆者の考察である。
1万6千字以上の非常に長文の記事になってしまったが、最後まで読んで頂ける方が一人でもいてくれたら著者冥利に尽きる。
引用:画像や参考動画などは以下の作品から引用しました。
参考文献
「チ。-地球の運動について-」著者魚豊 出版 小学館
引用記事
https://www.moneypost.jp/824125
【遺伝率一覧表】知識社会における「遺伝ガチャ」の真実 知能だけでなくやる気や集中力にも遺伝が影響
YouTubeチャンネル
チャンネル名: ジャベ
参考動画:
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